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「頼りなく、守らなくてはいけない存在なのだと思っていました。けれど、強烈な母性のような鷹揚さと、蝶のような麗らかさを持ち合わせていて、その柔軟性は、まるで違う生物が合わさっているキマイラのようです。やっぱり生物は凄いんだなぁ」
そう言って遊佐先生は笑った。
加奈子にとって、恋の告白と失恋を同時に味わったようなカタチになってしまったけれど、でも、自分の思っている事をちゃんと主張出来たと言う清々しさもあって、それはとても心地の良い着地点となった。
――多分もう、間違ったなんて思わない――
◇
◇
正門に続く長い坂道を、白い息を吐きながら歩く。
「寒いよー」と加奈子が言った。
「寒いねー」と、隣りを歩く友人が返す。
ノーカラーで丈の短いグレーの冬服のジャケットの上に、チェックのマフラーをぐるぐる巻きにして、それで頬まで覆いながら、
「遊佐先生さぁ、今日の終業式が終わったら、その足で虫捕りに外国行くんだって」
と、加奈子は言った。
「ああ、それなんか久しぶりなんだって。ここ何年か行ってなかったからって、他のクラスの授業で言ってたらしいよ」
「へぇ、そうなんだ。良かったね」
先生は“先生の普通”に戻るのだと、加奈子は思った。
「暖かい地域かな。だったら羨ましいなぁ」
「あ、気になる?」
「いや、生物の教科委員のときに、聞いた事があったから」
「へー」と友人は笑った。
後で聞いたのだけど、この友人は“ひとりでも平気で過ごしている”加奈子をみて、すごくイイなと思っていたそうだ。そして友達になりたいと声をかけたのだと言った。加奈子にとって、それはとても嬉しい告白だった。
周りが変われば自分も変れる、嫌いな自分を変えられると思っていた。けれど、本当は周りではなく自分自身が変わらなければ、何も変わりはしない。それに気付かず、逆に、自分から周りと関りを持つことを躊躇し、立ち止まったままでいたのだ。
今考えれば、生物実験教室に行ってまで、ひとりでお弁当を食べるなんて、ひとりなのは恥ずかしいとか寂しいだとか、そんな気持ちが顕著に表れ過ぎていて、ちょっと気恥ずかしい。
でもきっと、そんな事に遊佐先生は気付いていたのだろう。けれど否定はしなかった。それどころか、そっと背中を押してくれたのだ。
――これからも、ずっと気になる先生は……――
と、そのとき正門に立っている、生活指導の先生の声がした。
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