キマイラたちは麗らかに

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 こんな事は思い過ごしであって欲しいのだけど、教師の側にも、そういう思惑が滾っているような気がして、加奈子はやっぱり何とも言えない心持ちになってしまうのだった。                   ◇ 「んーっと、平木(ひらき)、次の段から読んで」  教壇に貼ってある名簿を、指で辿っていた古文の先生が、加奈子の名を呼んだ。  古文はまあまあ得意だ。と言うか文化系以外は目も当てられない。物理など表の中を縦横無尽に走る線に、何故、数式を当て嵌めなければならないのか、意味が分からなかった。 「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶ……」  と、読み進めていっても、ほとんどの生徒はどうせ聞いてはいないのだ。  何故なら、古文の先生は若くてハンサムだから。  昔ながらの背広ではなく、センスのいい細身のスーツを着て、更にネクタイはしていない。エグイくらい宿題は出すけれど、忘れた生徒がいても、決して声を荒げたりはしないのだ。  ただ『僕はいいけど、君が困る事になるといけないから。なるべく提出しなさい』と、笑顔で諭すだけだった。  でもそれは、暗に“単位落とすぞ”とか“留年するぞ”とかの不穏な意味をオブラートに包んでいるだけで、別に優しい訳でも何でもないと加奈子は思っている。  聞くところによると、公立とは違い、実際、ガンガン留年者が出るらしい。それは校舎の並びを見るだけでも推し量ることが出来る。一年生の校舎の隣は三年生の校舎になっている。そして職員室や校長室、理事長室がある棟を挟んだその向こうに、二年生の校舎があるのだ。  続きの学年が隣り合わないようにと、学校側の、せめてもの気遣いと言ったところだろうか。  終業のチャイムが鳴った。  古文の教科委員が、資料として配られていたプリントを集めて先生に戻す。そして、次回の打ち合わせとして二言三言言葉を交わしていた。  教科委員とは、当該教科の教諭の補佐的役割をする生徒の事なのだけれど、席に戻って来た教科委員の子は、頬が薄っすらと上気していた。  教室の引き戸に手を掛けたところで、何かを思い出したように、先生が振り返る。 「んーっと、前回の宿題だけど、忘れた分を今日中に提出出来る人は、職員室じゃなくて教科準備室の方に持って来て下さい」  そう言いおいて、古文のハンサムな先生は退室して行った。  それを聞いた生徒の中には「前回の宿題もまだ受け付けてくれるんだ。先生優しい~。お昼休み頑張ろう!」と、見当違いのヤル気を大声で表明している子もいたけれど。  四時限目も終わって、時間はお昼休みだ。  周りは小さなグループを作ってお弁当を食べたり、連れ立って、注文しておいたパンを購買部に取りに行ったりする。  でも加奈子は、誰かと一緒にお弁当を食べると言う事をしない。別に、仲間外れにされていると言う訳でもない。自分でそう選択したのだ。  お弁当を一緒に食べると言うような些細な事を共に行う“友達”など、別にいなくてもいい。そんな事で“以前”のように、いらぬ気を遣うハメになるのはごめんだった。  ――せっかく“同じ中学の子がいない高校”に拘ったのに、周りの環境が変われば自分も変れるかもしれないと思ったのに――  加奈子は小さく溜め息を吐いた。  ――五時限目は、生物……――  ふと、そんな事が頭に浮かぶ。  加奈子は、後期から生物の教科委員になった。任期は、前期と後期とに分かれていて、夏休みが終わった二学期からは、新しく選ばれた後期の教科委員に交代するのだ。
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