キマイラたちは麗らかに

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 遊佐先生は、授業で使う資料などを書棚から直接探りながら、 「僕の授業中に塗っていたので。生物としては、当たり前の行動なんですけどね。自分をキレイに見せたいとか、より良く見せたいとかと言うのは。でもここは学校で、僕は一応教師なんでね。まぁ、放課後取りに来るので、返すんですが」と言った。 「へえ、普通の先生のような事をするんですね」  加奈子は、普段思っている事が口を吐いて出てしまう。 「うーん、平木くんは僕の事を何だと思っているんですか?」  と、遊佐先生は再び苦笑いを浮かべた。 「まあね、本当は普通でないと困りますから。群れに属すると言うのはそう言う事ですよ。生物は、群れの中で異端では困るんです。命に関わりますからね」 「命に関わる? 普通じゃないと?」  加奈子は、その“普通”と“命”の関連が分からなくて、首をひねる。  すると、遊佐先生は食い気味に説明し出した。 「そうです。形が他と明らかに違うとか、同じ方向に移動出来ない、とかね。そうすると外敵に見つかり易くなるでしょう? と言う事は、命を落とす確率が格段に高くなると言う事です」 「はあ」 「生物にとって、意味のない行動はありません。全ての行動が、命を守ると言う事に繋がりますから。全ての生物は生きると言う事に対して、貪欲でなければならないんです」  と授業のように熱く語った。  今となっては、遊佐先生のこう言うところは好ましいと思えるけれど、如何せんこのままでは、時間が足りなくなってしまう。そう思った加奈子は、話しの矛先を変えようと試みた。 「古文の先生とは仲がいいんですね」 「あ、はい。歳も近いですし、愚痴を言い合う同志と言ったところですか」  遊佐先生は、資料などを、再び纏めながら応える。 「へぇ、愚痴ですか。先生たちはそんな事、言うように見えませんけど」  いつも自由気ままに見える遊佐先生と、ハンサムで生徒から人気者の古文の先生、そんな二人でも何か気に病む事があるのだろうか、と言う単純な疑問からそう言ってしまった。  そんな加奈子の言葉に、遊佐先生は作業の手を止めた。 「ああ、見えませんか。それは、とってもいいですねぇ。弱みは見せないに限ります……」  と、そこで一旦、言葉を区切ると、 「でも彼は『古文なんて必要とされているのか?』と言う、沈鬱な葛藤を抱えているのですよ」  いつもの遊佐先生らしからぬ、静かな抑揚でそう言った。 「えっ?」  加奈子は普通に驚いた。  あの、ハンサムで笑顔を絶やさない古文の先生が、そんな悩みを抱えているなんて。そしてそれを、なぜ、一生徒の自分に話してしまうのだろうかと。  遊佐先生は、続ける。 「先ほど生物にとって意味のない行動はないといいましたね。実は、皆に同調しない者の存在もその一つなんです。それは自然のシステムにちゃんと組み込まれている。それがどう言う事か分かりますか?」  ――さっき先生は、みんなと一緒じゃないと、普通じゃないと命にかかわるって言ってたのに――  さっき説明された事と正反対の行動を質問されて、あせった加奈子は答えなんて導き出せない。 「えっと、さぁ?」と、かなり中途半端な返事をしてしまった。
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