キマイラたちは麗らかに

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 正門まで続く長い坂の途中で、誰かが加奈子を呼んだ。 「平木さん、おはよう」  その声に加奈子が振り返ると、そこにいたのは斜め後ろの席の子だった。  少し驚いたが、加奈子は笑顔で「おはよう」と返す。  そのとき、何故か昨晩見た夢が頭を過った。  何となくぎこちなく、二人、肩を並べて正門に向かって歩いて行く。 「何時までも暑いよね」とその子が言うと、 「ほんと、やんなっちゃう」と、加奈子も小さく笑った。  生物の授業終わりに、加奈子が教科委員の仕事に取り掛かったとき、また「手伝おうか?」と、斜め後ろの席の子が声を掛けてくれた。  今度は加奈子も「少ないから大丈夫だよ、ありがとう」と、笑顔で応えた。  そのとき「教科委員の平木くん」と、遊佐先生が教室の戸口で加奈子を呼んだ。 「はーい」と返事をしながら、遊佐先生のところまで行く。すると「あの資料、この後使う予定はありません。放課後にゆっくり返しに来てくれればいいです」と先生は言った。  いつも必死の形相で、ダッシュで戻って行く加奈子の事を、先生なりに慮ってくれたのかも知れない。  放課後、加奈子は資料の束を抱えて、教科準備室にいた。 「あの友達とは一緒じゃないんですね」と、遊佐先生が言った。 「友達、ですか?」 「はい、授業の後、話しをしていたでしょう?」  ――ああ、斜め後ろの席の子のこと――と加奈子は思ったけれど“友達”と言う言葉は、今更ながらにちょっと照れ臭い。 「あの子は、別にまだ友達という訳じゃないので、その、最近よく話しかけてはくれますけど」  資料の束を、確認しながら先生に渡して行く。 「平木くん、全ての生物の細胞からは、光が放出されている、と言う話しを知っていますか?」  先生の、こう言う例え話しは面白いし好きだ。そして多分、話しは長くなるのだろうと予想も出来た。  でも、もう放課後だし時間に制限はない。一緒に帰る誰かが待っていると言う事もないのだから。  加奈子は「知りません」とだけ、短く応えた。 「人の意識って、細胞から発せられた、その光の事だって言われているんです。その光は、他人に当たって跳ね返り自分に戻って来る。平たく言うと、彼女が話し掛けて来るのは、平木くんが、誰かに話し掛けたい友達になりたいビームを放ったからです。それが彼女に当たって、平木くん自身に跳ね返って来ている、という感じでしょうか?」  そう言った。  加奈子は、遊佐先生は何か思うところがあるのかもしれないと思った。何故なら、本当は加奈子の方が友達を望んでいるのだと、例えているように聞こえたから。
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