キマイラたちは麗らかに

9/13
前へ
/13ページ
次へ
 でも加奈子は、取り立ててそれに反応する訳でもなく、 「えー、あたしは別に、誰かと友達になりたいなんて、積極的に思ったりしていませんが」  と、顔を上げずに、資料に目を落としたまま返事をした。 「積極的に?」  そう相槌を打たれて、今度は顔を上げる。 「あの……えっと、あたし」  途端に言い淀む加奈子を見て、 「話したくない事は、無理に話さなくていいんですよ」  と、視線を資料に戻す。  加奈子は――どうしよう……どうしようかな、どうしよう――と逡巡する。  先生は何も言わない。  暫くの沈黙の後、加奈子はおずおずと話し始めた。 「先生に、こんな事言うのは何なんですけど、あたしは、この高校に来た事を、もしかしたら間違いだったのかもしれないと思い返す事があります。その、深く考えもせずに決めてしまったと言うか、何というか……」  遊佐先生はいつものように、ずり落ちたメガネを人差し指で戻しながら「はい」と促す。 「ぶっちゃけ、同じ中学の子がいない所だったら、どこでも良かったって言うか……、周りが変われば、今までのイヤな自分も変れるかもって……」  加奈子が、またそこで言い淀むと、 「ええ、大丈夫ですよ」と先生は言った。  “大丈夫”と言う言葉に、何故だかとても勇気付けられる。 「いままでの自分が好きじゃなかったので。周りの顔色を窺ってばっかりで、みんなも、あたしだったらどうせ断らないだろうって、いろいろ無理を言われたりして、いつでも押し切られてしまって、イヤな事もイヤだってはっきり言い出せない。そんな自分が、心底イヤだったんです。でも、周りが変わっても、周りと関りを持とうとは思えなくなってしまってて……自分で決めて行動したと思っていたのに、本当は、ただ逃げただけなのかもしれないんです……」  顔が真っ赤になっていたかもしれない。もしかしたら、泣きそうな顔に見えたかもしれない。そう思うと、小さな子どものように気持ちを吐露してしまった事に、加奈子は恥ずかしさが込み上げる。  いつも自由気ままに振舞う自由人の先生には、あまり理解出来ない感情だったかもしれないと思った。  「いいえ、逃げてなんかいませんよ。大丈夫ですよ。誰も君を否定なんかしません。君は間違っていませんから。それを吐き出せたと言う事は良かったですね。これからはきっと大丈夫、もう大丈夫ですよ」  加奈子は、遊佐先生が生物に例えずに、ただ“大丈夫”と言ってくれた事がとても嬉しかった。  そして、ずっと誰かに“大丈夫”って言って欲しかったのかも知れないと思ったのだ。 「因みに、平木くんの今の感じとしては、何か気になる事が出て来ましたか?」 「はい……。今は少し、出て来ました」と正直に答える。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加