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――あたしは、自分が好きじゃなかった――
◇
◇
「暑い」
加奈子は言ってみてもどうしようもない事を、わざと口にした。
聞こえてくるのは、けたたましいセミの声。それが暑さを助長する。
夏休みも終わり、九月も半ばになろうと言うのに、一向に夏の気配は去ろうとしない。
正門に続く長い坂の両脇には、マテバ椎の樹が大きく枝葉を伸ばして影を作ってはいるけれど、沢山のセミがそこで鳴いているのだと思うと、更に暑さが増す気がした。
そんな、ただ“暑い”と言うだけの埒も無い不都合が生じる度に、やっぱり自分は間違っていたのだろうかと、加奈子は思い返してしまうのだ。
それは、この高校に受験希望を出した頃に遡る。
“同じ中学の子が誰もいない”それだけが受験を希望した理由だ。
当時は、それに拘るあまりの偏狭さに、事前情報なども得ず、深く考えもせずに、進路指導の先生にこの高校名を提出した。
そんな事だから、入学してからと言うもの、いろいろ驚きの連続だった。
まず、校則が厳しい。
毎朝、正門では服装チェックや持ち物点検をするために、生活指導の先生が数人立っている。
「ごきげんよう」とは言わないが、歴史ある私立の女子校と言う事で、身だしなみにはとても厳しいのだ。
夏服の場合、紺色のボックスプリーツのスカートは、膝が隠れるくらいまでとか、白のブラウスは合服も兼ねるので長袖のものもあるのだが、長袖であっても半袖であっても、一番上のボタンまできちんと留っていなくてはならない。
そして、スカートと同じ紺色の幅広のリボンをきっちり結ぶのだ。
髪型は肩までのおかっぱだとか、結わえるなら一本だとか、それこそ上げたらキリがなかった。
きっと、テレビでよく見る都会の女子高校生のような、ミニスカートに二番目のボタンまで外したブラウス、ゆるゆるリボンなんて、間違っても正門は通り抜けられないだろう。
だからと言う訳ではないだろうが、地元の大人たちの評判は、とてもいいらしい。が、それは加奈子の高校生活にとって、あまり関係のない事だ。
そして更に驚かされたのは、中学のような割と狭い地域性から離れて世界が広がると、思いもよらない考え方の人に出くわすと言う事。
どういう訳か、生活指導室に呼ばれる事を目的とする生徒が存在すると言うのだ。
それは、特にバレンタインデーなどのイベント日に集中するらしい。
学習に必要ない物の持ち込みはダメと決められているのにも拘らず、綺麗にラッピングしたチョコレートの包みを、わざわざ持って登校する。そして、目当ての生活指導の先生に指導をして貰うため(バレンタインチョコを渡すため)に、生活指導室に連行されると言う筋書きを目論むらしいのだ。
さすがに高校生ともなると教師まで恋愛対象になるらしい。
加奈子は、入学して直ぐに行われるオリエンテーションで、お姉さんもここに通っていたと言う子と隣り合わせになり、この話を聞いたのだ。
そして、この話には続きがあって、実際、この高校の先生は生活指導の先生に限らず、生徒と結婚した先生が割と多いらしいと言う事だった。
話を教えてくれた子などは「ロマンチックよね」なんて目をキラキラさせていたが、このときの加奈子は、教師と結婚するなんて“それって、どんなバツゲーム?”と、何だかやるせなくなったのを覚えている。
そして今現在、加奈子のクラスの担任は体育の教師で、毎朝のっけから上下ジャージで来るのだが、それが毎日違うジャージを着てくるのだ。
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