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ただ一言、『寂しかった』と言えばよかったんだ。
あの時、好きな人が出来たなんて嘘をつかずに……。正孝を解放したいなんてもっともらしい理由を並べて妊娠したと嘘をつかずに……。ただ、一言、会えないことが辛いと正直な気持ちをぶつけていれば良かった。
そうしたら、優しい彼は時間を見つけて会いに来てくれたはずだ。俺だって有給でも何でも使って彼に会いに行けばよかったんだ。
「……寂しかったんだ」
今更言っても遅いけど。
「……俺はただ寂しくて、正孝と離れていることが嫌で嫌で仕方なくて、会いたいのに会えないことが苦しくて、何で会えないんだ!なんで会いに来てくれないんだ!って全部正孝のせいにして、逃げたんだ。最低な嘘をついてお前を傷つけた」
「……そんなこと分かってた」
「……え……?」
「分かっていてわざと何度も同じことを繰り返していた。君が俺から離れて、俺のことがやっぱり必要だと言って電話をかけて来てくれることが嬉しかったから。そうやって満人の愛を感じていたんだ。だから、悪いのは全部俺なんだっ」
正孝の言葉を聞いて、なんだそれって思わず苦笑いが出そうになった。俺達はきっとお互いがお互いに勝手に思い悩んで身動きが取れなくなっていたんだ。お互いに相手を縛り合って、自分が悪いって後悔して、こうやって転生してからもお互いに自分を責めてすれ違ってる。
そんなの馬鹿みたいだ。だって、俺達はただお互いのことが大好きだっただけなんだ。大好き過ぎてから回って、素直に話していれば拗れることなんてなかったかもしれないのに、俺達はきっと似た者同士で、素直になりきれない人間だったんだと思う。
「満人は幸せだったよ。孫が産まれて、死ぬ時は家族に見送られて逝ったんだ。でも、やっぱり正孝のことが忘れられなくて、ずっとずっと好きだったんだ」
「……俺は起業して夢を叶えたけれど、満人の居ない人生はなにも楽しいと感じられなかった。死ぬ時は独り静かに息を引き取った」
「……そっか……俺達正反対だったんだな」
もしも、お互いが素直になれていたなら、2人で暮らしてどちらかが相手の最後を看取る未来もあったのかもしれない。
そんなこと今更言ったところで過去には戻れないけれど、でも長い年月を掛けて転生までして、やっと素直な気持ちをぶつけ合うことができたんだ。それはきっと俺達の思いが同じだったからだって思うんだよ。
「……レオニード」
「……っ」
「なあ、俺の名前を呼んでよ。誰でもない俺の名前を、お前に……レオニードに呼んで欲しいんだ」
手を差し出して、自分の最大限の笑みを浮かべた。そんな俺の顔をぐしゃぐしゃの涙まみれの顔で見ながら、レオニードが俺の手を掴んだ。
「……っ、マテオ……」
ああ、もう、そんなに泣いたら綺麗な顔が台無しだろ。ゴシゴシと雑に袖で顔を拭いてやれば、痛いって苦言を呈されて俺はまた笑った。
それを見てレオニードはまた拭いたはずの涙を流したんだ。
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