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彼のことを愛していた。それ故に俺は彼と離れていることが辛かったんだ。  あいつ、織田正孝(おだまさのり)とは高校で知り合った。クラスが同じで、席が隣同士。自然と話すようになっていつの間にか俺達はいつでも一緒に行動するようになっていた。   あいつの事はそれまでは友達としか思っていなかったけれど、ある日好きだと告白された。  三日三晩悩んだ末にお試しで付き合うことになった。   勿論初めは戸惑ったし、男同士で?って疑問もあった。でも、付き合って行くうちに俺はあいつにどんどんハマって行って、あいつも俺を深く深く愛してくれた。  高校を卒業すると同時に、俺は地元にある小さな中小企業に就職が内定して、正孝は希望していた大学へ合格した。   自然と遠距離になったけど、根拠も無く大丈夫だろうと思ったのを今も覚えている。   結果を言うならぜんぜん大丈夫ではなかった。 最初は頻繁にしていたメールや電話もお互いに忙しくなるにつれて出来なくなって行った。好きって言う回数が減り、休みがなかなか取れず顔を合わせる機会も無くなって行った。   確かに愛はあったと思う。正孝のことを愛していたし大切だった。でも、同時に俺の心は遠距離という大きな壁に少しずつ追い詰められて疲弊して行ったんだ。   1度目は11月の事だった。俺から別れを切り出した。   あいつは別れたくないと食い下がったけれど、それすらも耐えられなくて、自分から別れを切り出したくせにみっともなく涙を流しながら1番ついちゃいけない嘘を口に出したんだ。 「好きな人が出来たんだ」  それはまるで魔法の言葉だった。 正孝は電話越しに声を震わせながら、分かったって言って別れることを承諾してくれた。満人が幸せになれるならそれでいいって……。   その日から対して好きでもないやつと関係を持ったりして、心の隙間を埋めようと試みた。   けど、結局俺の心の中を独占しているのは正孝だけ。   数ヶ月後には我慢出来なくなって、正孝に電話をかけていた。 「俺、別れたんだ……」 「ならもう一回俺の所に戻ってこいよ」 「......うん......」  きっとこれが最初の間違いだった。それから何度も同じことを繰り返して、その度に正孝は俺の事を受け入れてくれた。   まるで終わりのない無限ループみたいだった。もう、愛なのかすら分からなくなってきて、お互いに段々と心はすり減っていく。  そんなある日、就職先で仲良くなった女の子から妊娠したから助けてくれと相談された。 ずっと付き合っていた彼氏の子で、妊娠したと伝えた途端別れを切り出されたのだという。 まるで晴天の霹靂。   涙を流しながら必死に聞かせてくれる話に相槌を打ちながら、これはチャンスなんじゃないかって何処かおかしくなった思考で思った。   丁度、5度目のお別れを告げようと思っていた時期で本当にこれが最後の機会だと思えたんだ。  正孝を俺から解放してあげよう。遠距離の終わりが何時になるのかも分からず、そのを待つことは俺には出来ない。   だからまた嘘をついた。最低最悪の嘘を正孝に告げたんだ。 「女の子を妊娠させちゃった」 「......は?」 「ごめん。俺その子と結婚するつもり。だから、別れて欲しい」 「冗談、だよな?満人!冗談だって言えよ!!」 「......ごめん」 一方的に通話を切って、それと同時に堪えていた涙を溢れさせた。彼女もこのことは承知している。   正孝を俺という鳥籠から解放してやりたかった。そして彼女は誰かの助けを必要としていた。   だから、これは恋愛感情なんて一切ない合意の上の形だけの結婚だった。  結婚してからも正孝からは度々連絡が来ていたし、俺もスマホの拒否設定をすることが出来ないまま未練がましくあいつの事を好きだった。 それでも、俺はもう結婚していて、俺達が付き合うっていう選択肢は抹消されている。だから、あいつからの連絡に返事を返すことは出来なかったし、しようとは思えなかった。  夫婦生活は順調で、夫婦の間に恋愛感情なんてものは無かったけれど、親友として、又はいいパートナーとして上手くやっていけていた。   時が過ぎて、孫が産まれて、しわくちゃになって、それでも俺は正孝のことを忘れられないままだった。   彼女もそれを理解してくれていて、それがありがたかった。   あいつがどんな人生を歩んだのかも、誰かと結婚したのかも分からない。ゲイだと言っていたから他のパートナーを見つけたのかもしれない。けれど、あえてそれを知ろうとも思えなかった。  自分の命の灯火が消えると分かった時、浮かんだのは誰でもない正孝の顔だった。 もう愛なのかすら分からない......執着や依存の様な思い。けれど、確かに正孝への思いは俺の中にしっかりと刻み込まれていた。   視界がブラックアウトする直前、一瞬だけ神様に願ったんだ。 『もしやり直せるなら......』  それは俺の勝手な思いで、あいつは望んで無いかもしれない。それでも願ってしまった。 そう願いながら、妻や義娘や孫に見送られてその生をまっとうした。  数秒、数分にも感じられる時間の中視界が真っ黒に包まれた後、ゆっくりと目を開けた。そして、視界の眩しさに驚いて大きな大きな声で叫んだんだ。 「リーリエ!男の子だぞ!!!」  歓喜に震える男性の声が耳に届いたけれど、状況が上手く飲み込めなかった。続いて、真っ白な細い指が頬を撫でてくれた気がした。 「産まれてきてくれてありがとう」  柔らかな女性の声にまた何故か涙を流した。  それが今世の俺、マテオ=ルーカスの産まれた瞬間だった。
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