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アシェルを俺の部屋に通すと、ターニャが俺とアシェルの紅茶を用意してくれた。それに1度口をつけてから、話したいことが何かを尋ねる。 「……婚約したって聞いた」 「やっぱりそのことか」 レオニードと俺が婚約したことは既に他の貴族達に知れ渡って居るだろうし、勿論王家にだってその話は入っているはずだ。   アシェルはレオニードのことが好きだし、もしかしたら婚姻破棄をしろと言われるかもしれないと微かに身構える。 「……幸せにしてよ」 けれど、アシェルの口から出てきたのはそんな言葉だった。 「レオニードを幸せにしてあげてよねっ!絶対絶対約束して!!」 目に涙を溜めながらアシェルがそう言ってくるから、俺はそんなアシェルに、約束するってはっきりと答えた。 「レオニードのこと絶対幸せにする。約束するよ」 長い長い片思いだったはずだ。相手に好かれたいと思う心も、もしかしたら好きになってくれるかもしれなという期待感も、振られてしまった時の悲しさも、全部受け止めてアシェルはレオニードのために恋を諦めたんだと思う。   それが分かるから、俺も中途半端な答えは返せない。レオニードのことを大切にする。ずっと傍にいるよ。前世では出来なかったことだから、今世では必ず彼と添い遂げたいと思う。 「アシェルありがとう」 「……羨ましいよ」 アシェルの本音に、俺は何も返せなかった。何を言ってもアシェルのことを傷つけてしまいそうだったから。   その代わりに用意されていた茶菓子のクッキーをアシェルの皿へと1つ置いてあげる。 「なにこれ……」 「アシェルは甘い物好きそうだからあげる」 本当はごめんねの代わりだ。アシェルの大切な人を奪ってごめん。でも、レオニードを2人で半分こすることは出来ないから、ごめんねっていうのも違う気がするんだ。   だって、俺を選んでくれたのはレオニード自身だから。 「……本当に僕のこと何処まで馬鹿にしたら気が済んだよ」 文句を言いながらもアシェルがクッキーを口へと入れた。それと同時に溜め込んでいた涙が一気に溢れて、ぽたりとテーブルに水溜まりが出来始める。   そんな彼の涙を目に焼き付けながら、アシェルが幸せになれますようにって願った。素敵な人がアシェルのことだけを大切に宝物の様に愛す日が訪れますようにって。   そう願った時、ガチャりと部屋の扉が開いて、何故かここに居るはずのないルイスが中へと入ってきた。   「え……なんで」 「アシェルを追ってきたらここに着いたから、使用人に案内させたんだ。それよりも何故アシェルが泣いているのか説明して欲しいな」 困惑する俺にそう言ってから、アシェルの元まで向かうルイスを目で追う。 その顔には怖いくらいなんの感情も宿ってはいなかった。
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