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「俺もオメガとしてずっと気を張って生きてきたから君の気持ちはよくわかる。オメガだからって媚びたくないよね。でも、人に甘えるのって悪いことじゃない」
「でも、僕……オメガだからって甘えたりしたら負けな気がして――」
「負けるのとは違うんだ。甘えるのも自分の実力だと思えば良いんだよ」
――実力? 甘えるのが?
「オメガが負けるのは、自分自身に負けた時だと俺は思ってる」
「自分に……?」
「何度道を間違えても、失敗しても諦めない。自分の弱さも認めて負けずに生きていく。それが俺たちオメガの男だろ」
見るからに華奢で中性的な美耶が熱く男について語るギャップに夕希は驚いた。そんな夕希に向かって美耶が問いかける。
「アルファって頼られるのが好きだから、お願いごとしたら喜ばない?」
「あ、それは僕も最近そう思うようになりました」
「だろ? 彼らにはそういう本能がある。オメガを助けたい生き物なんだ。だから、うまく使ってやればいいんだよ。悪い意味じゃない、アルファをうまく乗せて頑張らせるのがオメガの役目でもあるんだ。それによってアルファは本来の何倍もの力を発揮する」
「うまく、乗せる……」
「君のフェロモンがアルファを救うんだよ」
「アルファを救う……?」
今までアルファには「従う」か「背く」ものとしか考えたことがなかった。それに、オメガのフェロモンは「誘惑」するためにあるんじゃないの? オメガがアルファを「救う」ってどういうことなんだろう。
「美耶さん、僕わかりません。どうしてオメガがアルファを救えるんです? アルファには#従う__・__#ものだと教えられてきました」
「俺の母親も全く同じことを俺に教えてきたよ」
「でも、じゃあ……」
「だけど、アルファの礼央と結婚してわかったんだ。アルファはなんでもできるように見えるけど、そうじゃない。愛する人がいるから頑張れてるだけなんだ。アルファの優れた能力は、現代社会を動かしている。だけどそれは単独では成し得ない。オメガという存在があってのことだ」
「でも、オメガは邪魔者扱いされてますよね」
「ああ。でもそれは間違いだ。オメガはアルファを堕落させもするし、活かしもする。それに気づいてない人間がたくさんいるってだけ」
目の前の彼は堂々としていて、男らしく強いオメガだ。それでいて、ときにコケティッシュな魅力を見せる。美耶はホットチョコレートを飲み、唇についた茶色い液体を舐め取った。同性の夕希から見ても色っぽくてどきっとするような仕草だった。
「というのは長~い前振りで」と美耶がこちらを上目遣いに見た。「可哀想だから、隼一くんのことそろそろ許してあげなよ。この前会ったんだけどまた家に引きこもって死にそうな顔してたよ。夕希くんに酷いことしたって言うだけで詳しく教えてくれないし。何があったのかと思ってたけど、今君から全部聞いてその理由はわかった」
彼の発言に夕希は驚いた。
「引きこもってる?」
「うん。先月会った時は落ち込み過ぎてまともに食事もできてなさそうだった」
――彼、毎年夏は執筆を休んで海に行くと言っていたじゃないか。てっきり海外にいるのかと……。
テレビでも彼の姿をたまに見かけていたが、以前収録された映像だったということか。
「隼一さん、ナポリで休暇を楽しんでたんじゃないんですか?」
「え! まさか彼が海でバカンス満喫してると思ってたの? うわー、有希くんってたまに冷たいとこあるよねえ。俺は君のそういうところ面白くて好きだけど」
美耶は隼一くんかわいそう、とくすくすと笑っていた。
「ま、二人のことだから俺は口出しできないけどね。でも仕事の方はなんとでもなるから、いつでも連絡して」
「……ありがとうございます」
「あ、あと笹原さんだっけ? そのベータの人に香水の香りがバレてるならまずいから、礼央に改良するように言っておくね」
「はい。よろしくお願いします……」
お腹いっぱいになった美耶は、朔のことが心配だからと言って席を立った。
「大丈夫、きっとうまくいくよ。俺もどん底だった時期があるからわかるんだ。生きてさえいれば良いことが必ずある。とにかく夕希くんはもっと素直になって周りに甘えなさい」
そう言って彼は颯爽と帰っていった。
――仕事のこと、これで何とかなるかもしれないんだ。良かった……。
なのに、なぜか満たされた感じがしない。美耶のところで仕事が出来るとして、夕希は依然として北山の束縛から解放されるわけではなかった。また仕事のことを口にすれば彼に文句を言われるかもしれない。
そんなこともう割り切ったつもりだったのに――と夕希は熱いミルクティーと共に不安な気持ちを飲み込んだ。
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