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桜の蕾が膨らみ始めた3月初旬。定時に退社し満員電車に揺られる。駅に着き人の間をぬって改札まで行き、定期券をかざす。開いた改札口を通り、そのまま道なりに歩く。十数分もすれば家が見えてくる。健康のためにエレベーターはさけ、階段で上る。家の扉の前で鞄から鍵を取りだし、鍵穴にさしこむ。ゆっくりと回し扉を開けるとやっと家の中に入れる。肩の力をぬき鞄をリビングのソファに投げおく。 ベランダにつづく窓を開け新鮮な空気を部屋に取り込む。ベランダからは、蕾をつけた桜の木が見下ろせる。この家の魅力といえばそれぐらいだ。 ひとまず、着替えを済ませようと部屋の中に戻り、カーテンを閉めネクタイに手をかける。 すると、鞄の中の携帯がなり始める。友人も少なく、家族とも滅多に連絡を取らないため電話がかかってくるのはだいたい会社のトラブルがあった時だけだった。嫌だなと思いながらも携帯を取り出すとそこに表示されていたのは姉という文字だった。 「ねぇさん?急にどうしたの」 「突然ごめんね。今大丈夫?」 「大丈夫だけど」 姉からの突然の電話を不思議に思いながら受け答えをしていく。 「結構前になるんだけど、おじいちゃんのお葬式であった子覚えてる?幸(こう)君っていうんだけど」 「あぁ。あの静かな子。」 数年前にあった祖父のお葬式であった子を思い出す。大人たちが忙しそうに走り回る中ポツンと1人、隅で本を読んでいた子だ。 「その子がどうかした?」 「幸君、4月から大学生でこっちで進学したらしいんだけど住む予定になってた家の大家さんが倒れちゃったらしくて、住めなくなっちゃったのよ。」 「それは…大変だな」 「それでね、幸君の通う大学陽が住んでる場所から割と近いの。だから、新しく住む場所が決まるまで住まわせてあげてほしいんだけど。お願いできる?」 もちろん。困っているなら助けになってあげたいが、葬式の時に1度あっただけの親戚の家に住むなんてその子は嫌じゃないのだろうか。俺だったら、少し躊躇してしまうな。 「俺は別に構わないが…その子は承諾してるのか?」 「本当!?幸君の方には既に了承得てるから大丈夫よ!お願いしてもいい?」 「幸君?がいいならいいよ。」 「よかった〜。じゃあ、明後日にはそっち着くからよろしくね」 「明後日!?」 早くても1週間後ぐらいかと考えていたのにあまりの早さに声をあげてしまう。が無慈悲にも既に電話は切れていた。
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