初恋

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ああ やっぱりあれは本当の春宮さんじゃなかったんだ 良かった… 「他の社員の手前ああ言わなければならなかった」 「そうだったんですね」 「やっぱり驚いたよね」 「…驚きました…というより、悲しかったです」 「…本当に悪かった」 「私の方こそすみませんでした。社会人として自覚が足りませんでした…次から気を付けます」 「まあ本当は呼び方なんて何でもいいんだが、僕も色々目をつけられていてね 一応皆の前では社長でよろしく。二人の時は何でもいいよ」 「気を付けます。社長」 私がそう言うと春宮さんは腕を組みながら「うむ」と頷く 少し笑っていたので恐らくは冗談なんだろう 「仕事はどうかな?やっていけそう?」 「勿論です!研修を終えてバリバリ仕事頑張りますよ!」 「ハハッ、相変わらずの元気さで嬉しいよ。初めての海外研修で不安だろうけどそんなに気張らなくても大丈夫。僕もいるからね」 「そうですね。不安な分、期待もあります。海外ではどんな作り方をしてるのかとか興味深いです」 「それについては先に少し情報を与えておこうかな」 「ありがとうございます」 「ハープーンビアのビールは別名スチームビールと呼ばれていてね 通常の低温発酵とは違って、高温で発酵させているんだ。だから味もうちのビールとは全然違う」 「なるほどお」 「コクがあって、フルーティーな香りが強く美味しいよ。是非お父さんにもお土産に買って帰ったらどうかな」 「はい!お父さんきっと喜びます!」 「ちなみにお父さんが一番好きなのはビール?」 「ですね。いつも買ってくるのはビールです」 「うちのビールかな?」 「ええっと…」 「その顔は違うね」 「あっ、いや!」 「気を遣わなくても大丈夫だよ。そりゃそれぞれ好みがあるんだから」 「…すみません」 お父さんがよく愛飲しているのは、ウェルズビールという銘柄だけど 上手いこと言えば良かったのに、つい顔に出てしまった そんな私に嫌な顔をすることなく春宮さんは笑って流してくれる ーーーわかっている 春宮さんは社長だ 割り切らなければいけない事は十分理解している それでも…初めて食事した時のあの光景が忘れられないから 社長としてでなく、一人の人物として春宮さんと関わりたい そう思うのは…果たしていけないことなんだろうか… 次から次へと会話は途切れる事がなく、外はすっかり暗くなっている 疲労が溜まるといけないからと春宮さんに促され仮眠を取ることにした そして微睡の中に辿り着くと 私はそこで夢を見た 誰かが私に微笑んで、私がその人の胸に飛び込む 顔はハッキリと見えなかったけど 恐らくそれは…春宮さんだったんじゃないかと そう思う
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