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「どうしたの?何か言われた?」
「…うん。今日から?って訊かれた」
ーーあの人…なんだか
私の事を知ってたから近付いて来た気がする
そんな筈ないか。会ったことも無いし
「もしかして千暁が可愛いから唾つけといたんじゃ…」
「…七瀬って本当恋愛脳だよね」
「だって普通あんまり話しかけないよ」
「心配してくれたんじゃないかな。私がここで突っ立ってたから」
「そうなのかなあ。景井さんって言ってたね、案外同じ部署だったりして」
「そうだったら凄いね」
「あっ!」
エレベーターが降りてくる音がしたのでそちらに目を向けると、中からは数人の社員が降りて来た
年齢層から察するに、かなり上の役職の人達のように見てとれた
その社員の真ん中に一人だけ、一回り程若い男性が立っている
私はすぐにそれが春宮さんだと気が付いた
「春宮さん!」
ロビーに響く大きな声で私は春宮さんを呼び止めてしまう
「あの、これからよろしくお願いします」
お礼の意味も含んだつもりで深々と頭を下げる私を見て、他の人達はそれぞれどよめいた
「誰だ?」
「新入社員か」
「もしかして、社長の知り合いですか?」
そのどよめきの中で、一際よく通る声で春宮さんは言い放つ
「今日からここで働くんだね」
「はい!部署は企画部に配属されることにーー」
「ならば私のことは社長と呼びなさい」
冷ややかな、突き刺すような声色
カフェで話した時とはまるで違う
大企業の社長の風格ーー
「それから、今は仕事中だ。特に用がないなら話しかけないように」
「あ…すみません」
私は自分の軽率さが恥ずかしくなり、下を向くしかなかった
「行きましょう」
「いいんですか?社長の知ってる子でしょう?」
「顔見知り程度です。それにここで働く以上、一社員でしかありませんから」
言葉よりも更に冷たい視線で私を一瞥し、春宮さんは別の部屋へと入って行った
「…流石に、社長を名前呼びはまずかったね」
「ななせえー…私やっちゃったよお…」
まだ学生気分の抜けていなかった自分に、心底嫌気が差す
社長を名前呼びで、ましてや他の社員さん達の前で話しかけるなんて
本当に馬鹿だ……
「まあ仕方ないよ。嬉しかったんだもんね」
「うん…ただ一言言いたくって…」
「その気持ちは分からなくもないね。それにしても、千暁の話してた感じとは大分違ったね」
「うん…」
…正直怖かった
あんな優しい雰囲気を纏っていた人が
まるで別人のように冷酷な表情と口調だった
本当に同じ人だったのかと疑いたくなるほどに…
「メリハリ凄い人なんだね」
「そうだよね、こんな大きな会社の社長だもん…仕方ないね」
そうだ。そもそもこんな大きな会社に私みたいなのが入れただけで夢みたいな話なんだ
それ以上に何を望むことがあるのか
感謝の心だけは忘れず、きちんと割り切って仕事に打ち込もう
それだけが私から春宮さんに出来る恩返しだーー
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