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後輩を盗む
先輩が私を盗みに来る。
会社の先輩は優しい人だった。入社した私の指導係になったのが先輩だった。なかなか仕事を覚えずミスが多かった私にも根気よく教えてくれた。
先輩がベランダ側からの窓のガラスに穴をあけて部屋の中に侵入してくる。手際がよくて惚れ惚れとする。
リビングの中央で心臓をナイフで一突きされて死んでいる私のもとにゆっくりと近づいてくる。全身黒づくめに黒い目出し帽をかぶっている一目で分かる泥棒スタイルだ。
こういうところも先輩は真面目だと思う。先輩は死んでいる私を見ると寂しそうな悲しそうな複雑な表情をした。
周囲を見回した後、優しく抱き上げてくれる。人生初のお姫様抱っこだった。
もっと雑に扱ってくれてもいいのに。どうせ死んでいるんだから。やっぱり先輩は妙に優しい。
自分の体から血液が流れ出ていて汚れているのが急に恥ずかしくなった。先輩は私を背中に担ぎなおすと落ちないように布でしっかりと体に縛り付ける。
また窓から外に出ると、するするとマンションの壁を降りていく。あまりの手際の良さに本物の泥棒なのではないだろうかと心配になってしまう。
近くのコインパーキングに止めてあった車の助手席に私を座らせると、服の上にジャケット掛けてくれる。顔の汚れもふき取ってくれた。
車を発進させて先輩の家に向かう。田舎の一軒家に一人で住んでいると言っていたが実際にみると大きな日本家屋だった。早くに亡くなったご両親から相続したが一人で住むには寂しいよと苦笑していた先輩を思い出す。
庭に車を乗り入れて先輩は私を家の中に運ぶ。和室に引かれた布団に私を寝かせる。先輩は横に座りじっと私の死に顔を見つめていた。恥ずかしいのでやめてほしい。
先輩はちょっとデリカシーが足りない。朝までじっと私の顔を眺めていた先輩は朝方になって「仇はとってやるからな」と呟いていた。
先輩はおそらく私を殺した人を殺しにいくつもりなのだろう。実は先輩は私の事が好きだったのかもしれない。
いや。それは無いか先輩は責任感が強いから。きっと後輩が殺されてしまったことに責任を感じているのだろう。
先輩は先輩が犯人を殺す前に警察に犯人が逮捕されないように私の死体を隠したのだ。
それから先輩は三人の人を殺した。毎日仕事から帰って来ては黒ずくめの服に着替えて出かけて行ったかと思うと血まみれでかえってきたのだ。
先輩は知らない。私が自殺したんだってことを。それを知らずに先輩は人を殺し続けている。
先輩が五人目を殺した日。布団に寝たままになっていた私の横に座った。顔には返り血が付いていた。
「今日で全員だ」
先輩は目的をやりとげたらしい。さすが、仕事はどんなに失敗しても最後までやりとげることが大事だと私に教えてくれていただけはある。
先輩は有言実行の男だ。
「君を自殺に追い込んだ原因の人間は全員殺したよ」
先輩の言葉に驚いた。
「そして、これで最後だ」
先輩は手に持っていたナイフを自分の首に押し当てると勢いよく引き裂いた。血が勢いよく飛び散って私の顔に掛かる。
先輩が私の上に倒れこむ。きっと先輩は私を助けられなかったことに責任を感じていたのだろう。だから、自分自身も私を死に追いやった人間のひとりと考えていたらしい。
本当に先輩は真面目過ぎる。あとで先輩には怒らなくては。後輩に怒られて気まずそうにしている先輩の顔を想像すると少しだけ楽しくなった。
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