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「また『菅野先生』に戻っちゃったなぁ。
まぁ、いいや……ねぇ、これから本当に仕事に戻らなくちゃいけないの?」
エレベーターホールまで来て、△▽どちらかのボタンを押そうとしていた菅野先生から尋ねられる。
「よかったらさ……上で呑み直さないか?」
ここから一階上にある五十五階のフロアには、会員制のVIPバーがあった。
「えーっと、その……」
いきなりのことで、どう返答しようか戸惑っていたそのとき、下から箱が上がってきた。
チン、という軽い金属音とともに目の前のドアが開く。
中には男性がひとり、乗っていた。
「……光彩?」
その男が、わたしの顔を見て名前を呼んだ。
——えっ、うそっ……⁉︎ な、なんで……⁉︎
「つい先刻まで、このフロアにある割烹料理屋で海外から来た取引先との接待があったんだ。
おれは副社長の車の手配で、いったん階下まで下りていたんだが……」
驚くわたしの顔を見越して、彼は事情を告げた。
「ひさしぶりですね……島村先生」
菅野先生が彼に近づき、声をかけた。
「……菅野先生?」
どんなことにも微動だにしないポーカーフェイスの彼であるが、さすがに驚いたようだ。
「ご無沙汰しております」
しかし、一瞬のうちに冷静沈着ないつもの顔を取り戻して一礼する。
彼——茂樹にとって菅野先生は、司法修習生時代の教育係だった。
「そちらもお仕事でしたか?」
わたしと菅野先生は同じ職場だから、茂樹はそう思ったのだろう。
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