極彩尻

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極彩尻

 書くために、何度も初対面の女と裸になった。SNSで知り合った五人の女は、まさに十人十色。一人は性欲に操られているかのような、淫乱女。お手洗いへ連れ込まれ、何の躊躇もなく下半身を剥き出しにした。一人は殴られたいという、M女。悪いがその趣味はない。一人は男性経験なしの、処女。初対面の見知らぬ男にそれを捧げようとしているその女は、挿入しなかった。一人はただ寂しさを埋めてほしいという、寂しがり屋女。ただ裸で隣に寝てほしい、人の温もりを感じたいの、と言った。一人はデートがしたいという、無邪気な女。最後はホテルに入ったものの、震えている身体を包み込むしかできなかった。  連日の性に触れる日々を送り、精神的に疲れ果てた僕は、夜二十二時頃、一人で喫茶店に入り珈琲を飲みながら執筆していた。  お客は少なく、男性客一人と僕のみが店内の空気を味わっている。角の喫煙席に座り、もう一人の男性客は右の角の喫煙席でノートパソコンを開いていた。  自分も同じくノートパソコンを開いて、連日会った女を思い出して執筆しようと試みたが、まだ書けなかった。まだ足りない。どれだけ女の肌を感じようと、虚無感だけが残るばかりで筆が進まない。あの不思議な肉体をもっと知りたい。女ならではの、あの不思議な感触を。  もう一人の男性客も何か頭を悩ませているようだった。何度も何かを打ち込んでは消し、打ち込んでは消し、珈琲を啜って、また打ち込み。文章を書いていることは遠目でもわかったが、僕と同じく小説でも書いているのだろうか。などと、見知らぬ他人を気にしている場合ではない。執筆しにきたのだ。  五人の女、ただその出来事を綴っても何も面白くない。ただの日記になってしまう。 『同情を買ってくれと投げかけている』  彩乃の辛辣な言葉がふと蘇った。そんなことはもう言わせない。僕だけが書ける、そして極端には僕のための美しい官能を。  だがまだだ、まだ足りない。力不足の自分に腹立たしくなり苛々していると、ふと先日読んだ小説のワンシーンを思い出した。己の絶えず沸き起こる性欲を沈めるため、不倫相手とハプニングバーに行くことになり、その場で凄まじいセックスを披露するというシーンだ。それは野生の性欲と言いたくなるような、欲情のままに身を任せ、狂ったように快楽を求める様が描かれていた。  僕もハプニングバーに行こう。そこで何が起ころうとも、このメモ帳と万年筆さえあれば何だって演じてみせよう。スマホやカメラなど、撮影できるものは持ち込み禁止らしいのだが、その場で目と脳に焼き付かせ、書き殴って持ち帰ってやる。  デニムのスキニーパンツに白シャツ、黒い革靴に黒いコート。いつもの服装で内ポケットにメモ帳と万年筆を忍ばせ、バーに初めて足を踏み入れた。  時刻は深夜一時前、既に何人もの喘ぎ声が聞こえた。何組かの男女がそれぞれのスペースで腰を振っているのだろう。単独で入った僕は、自分の身に起こるハプニングよりも観察して執筆したいため、とりあえずカウンターの一番端の席に腰を下ろした。梅酒をロックで注文し店内を見渡すと、カウンター席に僕と同じ一人の女性がいた。  ウィスキーを飲んでいるところにナンパされたのだろう、話しかけてくる男性を適当にあしらっている。詳しい会話は聞こえないものの、ウィスキーを飲みながら一切目を合わせていない。呆れた男性は離れ、別のスペースへと歩いていった。  スペースで区切られているため、ずっとここで呑んでいては他人の絡みが見づらい。少し移動しよう、とグラスを持ってカウンター席の女性を横切ると、 「少し話しません?」  振り向くと女性と目が合い、お隣どうぞ、と椅子を引いてくれた。 「ああ、どうも」  そこに座ることにした。 「こういうとこ初めてですか?」 「はい、あ、わかりますか?」 「だってずっとキョロキョロしてましたもの」  豪華なネイルが施された指で、僕の腿を撫でてきた。きっと慣れている。 「まぁ、それは...見るためにきたので」 「お名前は?」 「......語世血」  浅間治姫、とは言えなかった。本当の自分を曝け出すことに抵抗があるのかもしれない。 「それ本名?」  グラスの中の氷が溶け、カランと鳴る音に心臓が縮む思いがした。この人とも、目が合わせられない。 「どうでしょうね」  腿に乗せられた手が股間へと滑り寄る。 「語さんは見るだけ?絡みにきたのではないのですか?」  股間に触れられる手が不快だ。 「んー...芸術を探しにきた、ですかね」 「芸術?」 「作家なもので」  本来は作家の卵だが、そう名乗りたくなるのが芸術家の性だろう。見栄を張りたくなるものだ。酒が進む。 「へぇ...じゃあ官能作家さん?」  はい、とは言い切れない。 「そちらのお名前は?」 「美咲」 「それ本名?」 「本名でしょ」  笑ってくれた。笑った横顔は少女のようだった。年齢は同じくらいか、大人っぽい口調が年上にも感じられる。下着も大人っぽいのだろうか。 「そこ、そんなに気になります?」  股間を撫でていた手が止まった。 「なんか、魅力的なんですもの、語さん」 「さっきの男性には見向きもしなかったのに?」  手が離れ、両手でグラスを持って眉間に皺を寄せている。 「だってあの人、前に一回絡んだことあったんだけど、セックスが乱暴なんですもの。他のお客に見せびらかせたいばかりで、私の脚を持ち上げてアソコを丸見えにしようとしたんですよ。アダルトなビデオだけで勉強したのかしらって感じね。ハプニングバーだからって、わざと他人に見せつけるだけのセックスは嫌」  相当疲れる夜だったことがひしひしと伝わってくる。こういう場所にくる女性は、セックスに対しての理想が高いのか、それともたまたまこの人がそうなのか。女性が性器名を濁して言うのは、男性がそそることを知っている。お恥ずかしい性器名を言わせたくなるもの。 「アソコって?」  振り向いた彼女とはじめて目があった。店内のお洒落な灯りに反射して、潤んだように光る瞳が美しかった。からかうような表情がまたそそる。 「おまんこ、って言ってほしかったかしら?」  持っているグラスはそのまま、顔だけ近寄り、潤んだ瞳や頬が近くなる。恥ずかしそうに眉尻を下げている。男の子みたいに髪が短い美咲さんは表情がよく見える。 「ほんとは恥ずかしいって顔してる」 「当たり前でしょ?女性に恥ずかしいこと言わせたがる男性の気持ちは、よくわからないわ」  男性に限らず人は皆、ギャップというものに惹かれる。それがきっと男性なら、女性の綺麗な唇から吐かれるいやらしい言葉に期待してしまうのかもしれない。そこには、あなたは綺麗だ、魅力的だ、と言っているのと同じ意味が隠れている気がする。好みじゃない異性からのそういった言葉には興味がないだろう。 「煙草はお嫌い?」 「私は吸わないけど、嫌いじゃないわ」 「男からの影響で吸ってみたりとかなかったの?一度も?」  そう言いながら一本咥えて火をつけた。 「ないわね、香水の匂いと混ざるもの」 「あー、それはわかる」  本心だ。  相手から求められた共感は、つい本心と違っていても、わかる、と共感したふりをしてしまう悪い癖がある。だが美咲さんの目を見ていると、この人は否定から入らない考え方なんじゃないかと、勝手ながら思てしまう。普段は人の目を見て話すのは苦手なのだけれど、彼女も同じなのだろうか、こちらを見ようとしないので、整った横顔から瞳が僕を惹きつけている。 「あなた、ほんとうにエッチをしにきていないの?普通のバーに行けばいいじゃない」  仕切りの向こうからは他の男女の喘ぎ声が聞こえている。こんな中で普通に会話だけしていればそう言われてもおかしくない。 「エッチなのは好きだよ?いやらしいのも好き、美咲さんのお尻、見てみたいな」  偽りだ。  半分素顔で、半分仮面を被っている。性的興奮を味わうのは好きだ、だが、自ら女性に触れ、声色を変えて雰囲気作りをしている自分は偽りだ。僕は今、ドラマの主人公だ、と言い聞かせる。濡れ場を演じる俳優。仮面を被ると同時に演じるスイッチが、嫌々入ってしまった。ならば演じ切るしかない。この先に待っている彼女の華を目にするまで。 「あら、優しい触り方。女性慣れしてないのかしら」  彼女もスイッチが入ったようで、女の顔をして見上げてくる。この顔が苦手だ。異性に溶けていくような表情。だらしなくお下品な様だ。 「優しい方がいいでしょ?」  煙草の火を消して美咲さんの髪を撫でる。滑り落ちるように背中を撫で、椅子のせいで触れない尻へと手を落とした。 「いいわよ...見て」  腰を上げ椅子を退かし、カウンターに肘をついてお尻を突き出した。レザーの短パンと黒タイツを、ゆっくり時間をかけて下ろしていく。はみ出はじめた柔らかい臀部が露わになっていき、恥じらいで腰を捻っているようだ。尻の割れ目もすべて露出したところで手を止めた。 「綺麗なお尻...暖かいね」  力を入れずに優しく撫で回し、手の平や指先で体温を感じる。 「触り方が優しくて、ゾクゾクするわ...」  鳥肌が立っているのがわかった。捩れている後ろ姿が愛らしくて、白い臀部に口づけした。  吐息が漏れる数秒間を堪能して、両手を両方の臀部に乗せ、尻の肉を左右に開いた。さらに、肛門の際に両方の親指を添えて、肛門の皺が伸びきるように広げた。 「やだ...そんなところ広げて...」 「綺麗な桃色に、綺麗な皺。毛も生えてない」 「お尻の穴...興奮するの...?」  広がった皺に鼻を寄せて、吸っている音がわかるほど匂いを嗅いだ。ここへ来る前に大便をしたとわかる匂いが、鼻の奥を刺激した。 「うん...するね」  変態...と呟いた美咲さんの耳は赤く染まっていた。 「綺麗な皺、数えてみようか」 「やだ...」  伸びていた皺を戻し、臀部だけを広げて数え始めた。 「いち、に、さん...」 「やだって...恥ずかしいわよ...」 「し、ご、ろく...」 「ねぇ...語さんったら、ほんとに恥ずかしい...」  本当に嫌なら身体を起こせばいい。尻を触っているだけだ。簡単に抵抗できるはずの美咲さんは、肛門をひくつかせながら、息だけが荒くなっていった。 「なな、はち、きゅう......じゅう」 「ひゃっ...」  十で人差し指を肛門に押しつけた。  尻の華、とは肛門のこと。尻は誰しも華を隠している。桃のような可愛らしい臀部が普段は内側へ秘めているそれは、大便を出すところ。自分だけの空間で、自分だけを感じて、自分だけの時間の時にのみ、捻り出すお恥ずかしい部分。素が最も見える部分。それが、尻が隠す華。 「美しい...」  こんなにも美しい、愛らしい部位が他にあろうか。尻の華を意識させられた子は、子猫のように抵抗しなくなるの。異性との愛だけに限らず、同性愛においても、愛し合える美しい華よ。 「あっ、」  肛門に直接キスをすると、可愛らしい甲高い声を漏らした。 「今度さ、『五人の女』って小説書こうと思うんだけど、一人は淫乱、一人はドM、一人は処女、一人は寂しがり屋、一人は無邪気。この五人の女は一体、何が共通しているでしょう。正解すればやめてあげる、不正解なら、お仕置き」  肛門に指を押し当てられたまま、尻を揺らしてもじもじしている。きっとこの下は、パンティまで溢れさせているに違いない。 「えっと、何かしら...甘えたがり、かしら」  残念。 「不正解」  人差し指を肛門の中へ挿入した。 「ああっ...んっ」 「残念、お仕置きだね」  右手で挿入したまま、左手で尻を叩いた。 「ふぁっ...」  中で指先を掻き回しながら、何度も何度も、赤く染まるまで叩いた。叩くたびに喘ぎ、腰を痙攣させている。薄明かりのバーでもわかるくらい赤く染まったそれは、お仕置きされた子供みたいだった。 「美咲さんの恥ずかしい姿見たいって、たくさん人が集まっちゃった」  バーへ入ってきたお客が僕らの後ろで立ち止まり、下半身を剥き出しにして自分で慰めている。決して乱入しようとはせず、ただ見せ物と化していた。見られている羞恥心がさらに感度を上げ、美咲さんの喘ぎ声は店内に響いてしまっている。五月蝿いほどの自分の声にまた興奮して、気持ちいい悪循環が彼女を狂わせている。 「どこが気持ちいいの?」 「お尻...お尻が、気持ちっ、いい...」 「お尻のどこ?」 「お尻の...お尻の、あな、が...気持ちいいっ、です...」 「あれ、言わされるのお嫌いじゃなかった?」 「ああっ、あ、んっ...あぁ」  もう反論もできないほど、語世血の海に溺れてしまったらしい。  こんなことをしながら、僕の頭の中は原稿用紙が広がっていた。次から次へと言葉で埋め尽くされていくマスに、興奮していた。彼女の華に自分の指が入った光景を見つめながら、この感覚を忘れまいと、片っ端から小説にしていく。彩乃の大きな尻が頭をよぎることなどなかった。顔も、声も、匂いも。自分を奮い立たせるものが脳内を埋め尽く時、大切なはずの存在は死角へと消えていき、目の前のことしか頭に入れたくないと拒否してしまう。だからあえて、すまない彩乃、とは書きたくない。  五人の女の共通点、それは、同じ人間だということ。  もう朝も近くなってきた空を見上げて、酔いが回った視界で深くため息をついた。都会の空は狭い。こんな窮屈な青黒い空と睨めっこしていては、悪酔いして都会に喰われてしまいそうだ。  初めてのハプニングバーを出て、外の空気と煙草の煙を一緒に吸い込む。連絡先を交換した美咲さんからのメッセージ。 『あんな夜は初めてでした...また同じバーへいらして』  は無視して、家に帰ろう、としか考えていない。疲れやすいこの身体は体力が保たなくて困る。  電車を乗り継いで家に着き、着替える間もなくデスクに向かい、ノートパソコンを開いて夢中で執筆した。眠気は限界に達していたが、脳内から言葉が忘れて消えてしまいそうで怖い。とりあえず雑でもいい、文字起こししなければ落ち着かない。数千文字の言葉を紡ぎ、最後にタイトルを叩き終えた。 『五人の女』
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