文化祭

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文化祭

「今年の文化祭は、やっぱり女装するきゃないよな」  副実行委員長の雪花は、さも当たり前のことを言うかのようにそう言った。なーに言ってんだか、この人。オレと笹川は声を揃えて言葉を放つ。 「「却下」」 *  体育祭の終わった学校は、休む暇なく、文化祭への準備を始める。勿論、オレらのクラスも文化祭へと準備を進めていた。実行委員は、体育祭から続いている。そのため、副実行委員長は変わらず、頭のおかしいと定評を得ている雪花さんだった。こんな奴が副実行委員長なのだが、一応、体育祭は優勝しているので、実力は確かだと思われている。だが、実力が確かだとしても、なんでコイツが副実行委員なんかになっちゃってんだか。 「えー、なんでー?」  雪花は、ムゥっと顔を顰め首を傾げた。悩んだポーズするほど悩むことか? 「女装なら体育祭でやったじゃねぇか」 「そうだよ、二番煎じじゃ勝てないよ〜」  何を隠そう、このオレーーー稲取京華と、このハイスペイケメンーーー笹川烈火は、体育祭で訳あって女装したのであった。訂正。笹川は女装していない。まあ、詳しくは『京華と笹川』シリーズ第二作の“体育祭”を読めばわかる。  何はともあれ、あれは黒歴史だ。もう二度と女装なんてするかよ。キッと睨みつけるオレを見て、雪花はわざとらしく顔を項垂れた。また同情でも買うつもりか、コイツ。オレがいる限り、笹川には女装させないぞ。オレだって女装しない。 「ちぇっ、稲取は笹川セコムだもんな」  雪花はそれだけ呟いて、すぐ機嫌を戻す。切り替えだけは出来るやつだ。強く嫌と言えば、すぐやめてくれる。 「じゃあ、あれだな。あれにしよう。今年の出し物は、執事・メイド喫茶にするか」  待て、どうしてそうなった。 *  実行委員始め、皆が文化祭ムードに入っているこの頃。ちなみに、定番は文化祭お馴染みのお化け屋敷や喫茶店だ。この学校の文化祭はかなり力の入ったものだった。出し物別にランキングが出されるわけでもないので、文化祭は体育祭とは違い学校中に和気あいあいとした雰囲気が溢れ出ている。 「二年二組、今年の出し物は、わたあめに決まりました!」  お〜、と教室中に巻き起こるのは、微妙な反応。まさか、押しも押されもせぬ食べ物であるわたあめを出し物にするとはな。まあ、執事・メイド喫茶よりはマシかと思う。どっかに、雪花の意見を却下してくれた有能な実行委員がいたんだな。褒めちぎりたい気持ちでたくさんだ。 「わたあめって、実行委員もかなり攻めたね〜。でも逆にこの王道さがイイ感じかも」  白川は、黒板に書かれた文字を見つめてそう言った。オレも首を縦に振って頷く。 「まぁ、わたあめって何気に人気だからな」 「だね〜。文化祭、楽しみ〜」  爛々と顔を輝かせる白川。みんながみんな、白川のように嬉々として周りと話していた。文化祭って、本番も勿論楽しいが、何気に準備している期間が一番楽しい気がする。ああしようこうしようと仲間と考える時間が何気に楽しいのだ。ざわめく教室内を、漠然と眺めていると、隣の席がどうしても目に入る。この席は紛れもないーーー笹川の席だった。 「どしたの? 稲取くん」  「笹川くんが心配なの?」と、白川もオレの視線の先の空席を見つめて言った。声に出さずとも頷いたオレを見て、白川も小さく頷く。 「先生は大丈夫って言ってたし、文化祭までまだ日あるから、当日には来れると思うけど……」 「あぁ、早く復帰してほしいな」  昨日来たっきり、コイツは学校に来ていなかった。風邪に罹ったらしい。まあ納得である。最近、笹川は休む間もなく北から南へと西から東へとこの学校中を縦横無尽に走り回っていたから。時に担任、時にサッカー部顧問、時に生徒会役員、時に白川、時に雪花。笹川は人望がある。それ故、たくさんの人から呼ばれては頼られていた。優しい優しい笹川なので、伸ばされたその手を冷酷にも払うことなどできない。一人一人丁寧に対応していっては時間に追われて、走り回る。あんな生活やってたら、オレなら白髪の一本二本生えてたわってくらいの仕事っぷりだった。その激務に、いくら笹川といえど耐え切れるわけもなくーーー。そりゃあ、免疫力も下がるわな。  彼に休む期間ができたのは大変嬉しいことだ。だって、アイツ、オレや他の人が休めって言っても絶対休まないもん。この期間に思いっきり羽根を休めて欲しいが、その反面、やっぱり寂しいものである。隣を見て、彼がいないのが凄く寂しくて、凄い恋しい。 「稲取くん、めっちゃセンチメンタルな顔してるね……。そりゃ寂しいよねぇ、想い人が休んでたら」 「うるっさいよ、白川」 「えー、稲取くん、笹川くんのこと好きでしょ?」 「そうそうそうそう、そうね。好きだよ」 「キャー!! 告白?!?!」 「そゆとこがうるさいって言ってんの」  きゃっきゃうふふ、と乙女の如く(実際乙女なのだが)笑う白川を横目に、オレは黙ってまた笹川の席に視線を移した。いつもいつも、コイツはギリギリまで我慢する癖がある。何があってもそっとやちょっとのことじゃあ他人を頼らない、ってことは幼馴染だから誰よりも知っていた。  そうーーー知っていた、はずなのに。  笹川が熱を出していたこと。あまりにも食欲がなかったこと。限界まで体調不良を我慢してたこと。全てわからなかった。  彼が倒れた、あの時まで、全てわからなかった。  体育の授業で笹川が倒れた時、その瞬間、息が止まるかと思った。その時、世界が沈黙に包まれ、笹川が倒れる音だけが響いた。駆け寄るクラスメイトと先生。苦しそうに顔を赤に染めて呼吸をする笹川。  一番知っていたはずなのに、一番近くにいたはずなのに、オレは彼を守れなかった。気がついた時には、もう手遅れだった。 * 「どなたですか〜……って、京くん!?」  ひっさしぶり!と、あまりに予期せぬ反応にオレは一瞬思考を停止した。目の前には、中学生ぐらいの女の子。前髪が目にかかっており、メガネと二重で瞳が見えない。左右の髪はところどころ跳ねており揃ってはいない。顔の半分ほどが長い髪の毛に隠されており、よくわからないのだが、しかし、かなり……、うん、なんというか大人しげな印象を抱く。そして、そんな女の子に、オレは突然にして強烈に抱きつかれた。文字にすると不明すぎる。そもそも、この状況自体が不明すぎる。情報過多。 「京くんって本当に美しい顔つきだよね。見るたびに磨かれてくるから、ほんと惚れ惚れしちゃうよ」 「あ、え、はい。ありがとうございます………??」  何が何だかわからぬまま、褒められたので素直に感謝を述べる。どちらかといえば口説かれている、という表現の方が正しい気がするが、感謝しておく。とりあえず、笹川には必ず何か言われたら感謝を述べろと教えられているので。今、たぶん、ここに笹川がいたら「ちゃんありがとう言えて偉いねぇ」と言われただろう。………って、おい、待て。 「“京くん”?!」 「ん、あれ、もしかして京くん私のことわからない?」  この声色といい、この柔軟剤の香り(香りを異性に嗅がれる行為は女の子からしたら不快な行為のだろうか。だとしたら、すごい申し訳ない)といい、何より、オレのことを“京くん”呼びする女の子など一人しかいない。気づかなかった自分を憎むよ、全く。兄妹ふたりとも、人懐っこいなぁ。 「覚えてるよ、水成。おっきくなったな」 「え〜、京くん、途中まで覚えてなかったよね?」 「…………ごめんなさい」 「素直だね」  ニカッと今も昔も変わらず微笑んでくれる水成。紛れもない、このかわい子ちゃんは笹川烈火の妹だ。兄同様に容姿の整った妹である。ちなみに、年齢は四つ離れている。可愛い可愛い中学二年生である。にしても、会わないうちに急に変わったなぁ……。人の成長って早い。しみじみと感じる。 「今日は急に来てどうしたの? お兄ちゃんならちょっと今風邪ひいちゃってんだよね……」  心配そうに目を伏せる水成。昔からのお兄ちゃん好きは治ってないようだ。それは何より。仲の良いことに越したことはない。 「笹川の見舞いに来た」 「え、優しいね、京くん」  「これ渡しといてくれない?」と、オレは彼女にコンビニの袋を手渡した。中にはスポドリとか授業内容を書いたルーズリーフが入ってる。彼に比べてオレの字は汚いので、少々恥ずかしいがないよりはいいだろう。読めないほど汚くないとは思っているのだが。 「わっ、お兄ちゃんのために? わざわざありがとう。お兄ちゃんの顔見る?」 「いや、オレはいいけどアイツが嫌がるだろうから、大丈夫」 「え?」 「アイツ、オレに会ったら、どうせ風邪うつしちゃうとかどうとか騒ぐだろうし」 「あぁ、なるほど。お兄ちゃんだしあり得るわ」  お見舞いの品は水成に渡しといてもらって、オレはもうここを後にしようかと思った、が、彼女にグッと手を掴まれる。重心が後ろに傾く。驚いて振り返れば、そこには少し目線を下げて手で髪をいじって遊ぶ水成がいた。どうした。 「あのさ、京くんに聞くのもあれなんだけどさ、お兄ちゃんって男友達いっぱいいる?」 「……え、いるけど。なんで?」 「あ、いや、その、お兄ちゃん家でそういうのあんま喋んないから気になっちゃって。……ちなみに、文化祭はいつ?」 「文化祭? 文化祭なら再来週の金曜日だよ」 「そうなんだ。ありがとう」  それだけ尋ねると水成は満足そうに目を細めて、オレの手を離した。 「ありがとう、京くん。お兄ちゃんにちゃんと渡しとくね」 「うん、お大事にって言っといて」  久々に会った水成に見送られながら、オレは笹川の家を後にした。 * 「はぁい。……って、またまた京くん?!」  短いスパンでこう家に来られるのも迷惑なのだろうか。水成は少々驚きながらも、オレを見て嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。  笹川の家にて。昨日も来たのだが、今日も来てしまった。てか、毎日来てる。もうかれこれ三日目だ。笹川が風邪を引いてからは四日目だが。今日の荷物は授業のルーズリーフとゼリー。笹川の家族がきっと買い揃えてるとは思うが……、好きな人にはいち早く元気になって欲しいので。 「わ、またまたありがとうね!! 京くん、本当に優しいね」 「いや、帰り道に笹川ん家あるし」 「いやいや、それでも優しいよ! それに毎日何か買ってこなくてもいいんだよ? ごめんね。今度絶対お礼する。お兄ちゃんもさーーー」  申し訳なさそうな水成を前に「好きでやってることだから気にしないで良いよ」と言おうと思ったところで、途端に言葉を飲み込む。否、飲み込まざるを得ない事態となった。 「京華ちゃん?!?!」 「「え」」  突如会話に割り込んできた久々に耳にした心地よい声色。久々、と言ってもたったの二日。されど二日。京華、とオレの名前を呼んでくれるその声に、一瞬、ほんの一瞬、目から涙が溢れそうになった。 「お、お兄ちゃん?! 寝てなってば!!」 「大丈夫だよ、水成。もう熱も下がったし」  心配な妹を宥めるように、兄は優しくそう言った。前髪を上げてヘアピンしている姿が少し可愛らしい。ピンはきっと水成のだろう。 「京華ちゃん、昨日も一昨日もわざわざありがとう。ごめんね、色々気を遣わせちゃって。授業の内容もすごい助かる。京華ちゃんの字、上手すぎてとっても見やすい」 「そりゃよかった。謝る必要はねぇよ、勝手にやってるだけだし」  元気そうな笹川を見てひとまず安堵。良かった。良かったのだが、少しすまなそうな顔をしているのが気に入らない。……本当に、コイツはこういうところがある。 「色々迷惑かけてごめんね」 「迷惑じゃない。勝手にやってることだ。それに……、こっちこそごめん」 「何が?」 「オメーの体調不良、気が付けなかった……」  本当にすまなくてすまなくて、ずっと謝ろうと思っていたこと。こんなこと言ったって後の祭りだってことはもうわかってる。それに、笹川も謝罪をしてほしくないっていうのも、今までの経験上、痛いほどにわかってる。けど、言わずにはいられない。好きなのに、守れなかった。そういう感情抜きにしても、幼馴染なら守りたかった。笹川はオレのその言葉に、目をぱちくりさせて微笑みを溢した。 「ははっ、そんな顔しないでよ京華ちゃん。これはオレが悪いし、京華ちゃんが謝ることなんてーーー」 「ある」 「……うーん、そっか」  そう言って、笹川は慈愛の溢れた瞳をギュッと細めた。そして、優しく柔らかい笑みを口元に浮かべる。 「京華ちゃんは、優しいね。ありがとう」  兄妹共々、言うことは同じなのか。オレが優しいのは笹川限定なのだ。それに、優しくたって、体調不良には気付けなかった。言ってしまえば、これは罪滅ぼしのようなものなのだ。 「謝んなくて、いいんだよ。そんなに負い目を感じる必要はないんだよ」  京華ちゃんにそんな顔されると、オレも悲しくなっちゃうよ。笹川はそう言って、オレの頬を優しく撫でた。 「ありがとう、京華ちゃん」  そう言いたいのは、こっちの方だってのに。いつもいつも、笹川の存在に助けられてばっかりで、いつも“ありがとう”だなんて、そんな言葉で言い表せないくらいに感謝しているんだ。 *  笹川が学校に復帰するなり、大きな歓声をあげたのは笹川の相方だった。 「わ〜っ! 笹川くん復帰おめでとう!!」 「白川さん! 休んでる間、学級委員一人でありがとう」 「本当に大変だったよ……。かと言って、まだまだ笹川くんは病み上がりだからね。無理しないでね! 私がじゃんじゃか仕事やるから」 「あはは、嬉しいなぁ」  オレが立ち入ることのできない話が目の前で展開されている。いいな、羨ましいな。と思いながら白川をじっと見つめた。ひとりだけ帰宅部、肩書きなしっていうのは疎外感を感じる。かといって、生徒会とかやる気も起きないので、ここは耐えるとしよう。オレには最強の肩書き、幼馴染がある。 「あ、そういえば、京華ちゃん。文化祭の出し物何になった?」 「メイド喫茶だよ。男子は強制的に女装」 「え?!?!」 「デマ吐くな白川。わたあめだよ」 「だよね!?!」 「あっはは、デマ吐いてごめんね〜」  白川はにししと、悪戯っ子のように笑った。笹川はほっとした様子でこちらを見る。それから一転して表情を変えた。いつも、馬鹿話する時の表情に変わる。笹川のその顔が何気にオレは好きである。 「わたあめってさ、京華ちゃんにピッタリだよね」 「は?」 「ふわふわで可愛くて甘いじゃん?」  まぁーた意味のわからないことを言い出す笹川。真顔でそんな馬鹿みたいなこと言わないでくれ。可愛いってなんだ。甘いってなんだ。幼馴染の意味のわからぬ言動で頭を抱えていると、白川までもが笹川の意味のわからん意見に同調してきた。オメーは味方だと思ってたのに。 「いいねぇ、確かに。美少女とわたあめってすごい絵になる」 「ね?! でしょ!!」 「美少女じゃねぇし。勝手に性別変換すんなよ」 「ウケる〜」 「そんな怒んないで京華ちゃん」  白川と笹川はそうやって顔を見合って楽しそうに笑った。やっぱり、笹川には周りを元気にする力があるんだな。心なしか、白川の顔がいつもより明るい。 「ちなみに、笹川くんは勉強大丈夫そ? 文化祭終わればすぐ期末だけど」 「大丈夫だよ〜、京華ちゃんのおかげで」 「稲取くんのおかげ?」  全く話のあらすじが理解できていない白川に、笹川はこれまでのあらすじを簡潔に語ってくれた。さすがの国語力。頭が良いっていいね。それを聞いてる白川は、時に笑って時に驚き、時に睨むようにオレを見た。怖い。そして、ふいにため息を吐く。 「稲取くん……、君ってほんと健気だね」  はて?といった顔で首を傾げる笹川さんと、もういっそ殺すぐらいしてくれという心境のオレ。笹川の口から改めてあらすじを聞いて、こっちも恥ずかしくなってきた。オレ、コイツにどんだけ尽くしてんだろう。恥ずかしい。笹川が鈍感で良かった。こんなにそう思った日はない。これから先もないだろう。いつもは恨んでるくらいだもの。まあ、そんなところも好きなのだが。 「健気なのはいいけどさ、知らないからね」  そんないつまでも外堀を埋めて様子見してて、誰かに取られちゃっても知らないからね。実際的に、白川はそんなこと言ってないはずなのに、オレの耳にははっきりとその言葉が聞こえた。もっとも、白川の伝えようとしているその言葉はご尤もだった。
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