91人が本棚に入れています
本棚に追加
春爛漫
「しないで済むなら、しなくていいんだよ、あんなもん」
迪也には紆余曲折なんてしないで、真っ直ぐに幸せになってほしい。
でもそれを口にするのもやっぱり違う気がして、代わりに、迪也の新しい世界にエールを送る。
「大学、頑張れよ。基本みんな一年で遊んでつまづくからな。気抜いてたら、3年で腱鞘炎になるから気、つけろ」
「なんですか、それ」
「卒論と履歴書の攻撃力なめんなよ」
「あはは。肝に銘じます」
その時だった。
少し焦ったような声が、暗がりから響いたのは。
「ミチっ?」
現れたその人物。
見覚えがあるような、ないような。
知らない奴じゃない気がするってのを裏付けるように、そいつは迪也の袖をひいて自分の方に引き寄せると、俺から迪也を隠すようにして、俺へは拗ねたようなしかめっ面をして見せる。
「ヤマトくんはもう権利放棄してんだから、今更、ダメだからなっ」
「……え? …あっ、イヅル?」
「ミチは俺が送るから、ヤマトくんはもう帰っていいよっ!」
ああ。
間違いないわ。
髪が黒くなり、その耳を飾ってたチャラチャラしたピアスがいっさい消えたことで、そもそものチャラさが消えてて、一瞬わかんなかったけど。
「もう、やめてよ、イヅルくんってばっ」
慌てたようにイヅルの袖をひく迪也の表情に、硬さはなくて。
「そっかぁ」
「そっかって何納得してんですかっ!! そんなんじゃないからっ!!」
イヅルの影から身を乗り出し、一層慌てたように俺に返す迪也をまた押し返すイヅル。
「これからそうなんのっ!」
負けん気たっぷりに言い返すイヅルの言葉に、まんざらでもなさそうな迪也。
「そっかぁ」
なんか。
心が、春だなぁ。
「だから、山登さんってばっ!!」
「ああ、そうだ、イヅル!」
「あん?」
「一目惚れは、あるよ」
「ん?……ああ」
いきなりの言葉に、毒気を抜かれたようにポカンと口を開けたイヅルに手を挙げる。
「そんだけ。じゃな! 迪也は頼んだわ」
「はあ!? 山登くんに頼まれる謂れないからなっ!」
「もうっ! やめてってばっ」
背を向けた俺の耳に届く二人のわちゃわちゃ。
それ聞いたら、もう、なんか無性に、絆に、会いたくなった。
居てもたってもいられなくなって。
跳ねる心とともに、走り出す。
ああ。
やっぱ。
春だなぁ。
最初のコメントを投稿しよう!