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常春20
俺は妙な話の流れになる前に、左手の薬指を見せつけた。
入社に際して未婚での指輪に会社からのツッコミはあったものの、婚約をしていると言えばとくにそれ以上何を言われることもなかった。
が、何故かその後、俺が学生の時にデキ婚してるなんて噂が流れてるの聞いて、流石にそれは訂正したわ。狭い医薬品業界、どこでどう捻じ曲がって絆に伝わって、また誤解からの騒動なんて流れは回避しとかないと、だろ。
まあ、でも、ほんとに絆との子供ができたら、俺、可愛すぎて食べてしまうかもしれないとか思ったよね。
別段子供好きでもないし、俺の遺伝子が残らないのに対してどうこう言う気持ちもないけど、絆との子供ってなったら話は違うだろ。ホッペとか腕とか想像しただけで食みたくなるもん。
あー、絶対甘やかしちゃうな、俺。
でも、絆は意外と躾に厳しそう。
わー、やっば。
絆ママに怒られて涙いっぱい浮かべたミニ絆とか。
仕事とかいけなくなっちゃうな、マジで。
「可愛い恋人が待ってるもんで」
妄想混じりのニヤけた俺に、西松さんは鼻白んだ表情で肩をすくめた。
「まあ指輪してるのは知ってたけどぉ。付き合ってどれくらい?」
何でプライベートを暴露せにゃいかんのかと思わないでもないけど、そこはそれ、まだまだノロケたい盛りですから。
「半年」
「半年で指輪? 重くない? 彼女縛り系の人?」
わざとらしい驚きの表情に笑顔で応える。
「いや。俺の方が縛り系。重いくらいいっとかないとね。とにかく美人だから心配で心配で」
美人の前で他の美人の話をすると、どっかのプライド的な部分に火をつけるらしい。
「へえ、そんな美人なんだ」
なんとなく固くなる声で、意味のない対抗意識がよみとれる。俺に向いてた角度が一層深くなって、膝頭があたった。
何気に視線を落とせば、タイトスカートから覗く肌色部分が範囲を広げて、触り心地のよさそうな内腿まで見えそうで、なかなかに良い光景。
「画像とか持ってないの? 見せてよ」
「画像はもってないかなぁ」
本来は俺のスマホの中にたくさんいる絆を自慢したいとこだけど、さすがにそれは無理なわけで、それが男同士の秘めなきゃいけない関係ってのの辛いとこだ。
「俺の心のフォルダーは、そいつのせいで容量オーバー気味だけどね」
「うわぁ……さむ。なんか、話に聞いてたのと随分違うのね」
大げさに腕を擦る西松さんが、俺をみて、またひょいと肩をすくめた。
「話?」
「カタヤマユウナと私、大学同じなの」
まるで種明かしでもするような西松さんだけど……誰?
カタヤマユウナという人物には、どうにも心当たりがなく、そんな俺に西松さんは、元の眉の形がわからないくらい綺麗に書き込まれた眉を寄せて苦笑する。
「別人じゃないなら、話に聞いてた以上に、ひどい人ね」
「じゃ、俺ヒドい人じゃないから、別人だ」
「女の子とっかえひっかえって言葉があるけど、そんなの可愛い方で、ヤマトはとっかえることもひっかえることもせずに、何股でも、同時に何人とでもヤルような奴だって」
「うわ。最低だな、そのヤマトってやつ。純愛貫く俺とは真逆だ」
ほんと最低だった俺。
あの頃はどうせ絆は手に入らないんだって、ヤケになってたからなぁ。
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