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常春23
そっと開いた襖の隙間。
垣間見えたその姿に。
心臓を。
見えない手で鷲づかみにされた。
息をするのも忘れるほどの、それは、美しさで。
俺は……。
「よ。山登。遅かったな」
そばで立ってたらしく、襖が開いた気配を察したらしい人物───トキワくんが、ささやくほどに小さく声をかけてきた。
「絆、やばいだろ」
「ああ…」
やばい。
その3文字で表現できるものの数は半端なく多いけど、それが今何を表してるのかは、言われなくても十分理解できるものだ。
緋色の長襦袢。
抜いた襟。割れた裾から覗く、スラリとした真っ白な脚。
手にした煙管の名残のように薄く開いた唇と、どこか遠くを眺める姿は。
あんまりにも、艶かしくて。
思わず喉が鳴るほどで。
全てを──もっていかれる。
「……やばい…」
撮影場所はスタジオじゃなくて、明治の文豪が篭ってたと言われても頷くだろうって感じに歴史ありそうな、調度品全てがお高そうな旅館の離れだった。
そしてニ間を開け放した広い和室の向こう、庭に面した障子が開け放たれ、そこにそっと身を添える絆に向けられるライトやレフ板やカメラに、これが撮影で、しかも女装なんだって現実に、我に帰る。
「ちょっと待て。なんだ、これ、ちょっ……!!」
一呼吸置いて、絆のやらされてることにやっと怒りの沸いた俺。
カッとなって声をあげたところで、トキワくんに羽交い絞めにされて、外へと引きずり出された。
「なんなんだよっ! あの格好っ!!」
俺の絆がっ!!
俺の絆が現在進行形で視姦されてるっ!!
「まあまあ、落ち着いて」
「落ち着けるかっ!!」
トキワくんは俺の肩に腕をまわし、俺をいなすように背中をたたいて、切実そうに声を上げた。
「ほんとに、マジで絆がイメージばっちりなんだよ!
見てもわかったろ? あんな酔狂な格好、普通の女の子じゃエロ本みたいに下品になっちまうとこなんだ。けど絆は、男女どっちにも属さない、けど中間じゃない、そんな存在なんだ。だから、俺が望む、艶と品のある、魂の純潔エロティシズムを感じさせるって幻想的なジャケットは、絆がいなきゃ、作れないんだよっ!!」
「はあ? 何言ってんだよ。頭沸いてんだな。お前ら音楽で勝負しろっ! なに絆で人釣ろうとしてんだっ!! あいつは俺の……っ!!!!」
言いかけて、言えない言葉。
くそっ、イライラするっ!!
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