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良くも悪くも
「帰ってこなかったらって、思った……ら…」
そこでしゃくりあげるようにして息継ぎすると、頬を包む俺の手に、自分の頬を擦り寄せる。
「朝、起きて、山登がベッドにいなかったらって…思ったら……」
「いるよ。なんでんなこと思うんだよ」
「だって送別会……ゃくんが…い…る…し」
「誰って?」
「迪也くんっ!!」
少しキレ気味に吐き出された声に、やっと絆の態度の正体がつかみとれた。
「不安だったわけ? 俺が迪也とどうにかなるんじゃないかって?」
「……」
返事は返されなかったけど、涙がまあ、物語ってるよな。
ああ。
やば。
ゾワゾワするほど、俺、悦んでる。
だって、そうだろ?
9年ずっと、片道通行だったんだから。
こんなふうに、あからさまな嫉妬とか涙見せられて、舞い上がらないわけがない。
けど、そこは───
「心外だなぁ」
嬉しいって感情をひた隠しにして、絆の顔を固定し、ウサギレベルに赤くなってる目をのぞきこむ。
絆は罰が悪そうに視線を外しながら、言い訳みたいに言葉を紡いだ。
「だって……町に出たら……女の子も、いっぱい、いるし…。酔って、昔馴染みの子とかと、どっか行っちゃったり、するかもって……」
「行くわけないだろ? 俺、絆だけだって言ったし。信用してないわけ?」
人の気持ちは、”信用”とは別のとこにあって、好きだからこそ、不安になるんだってのは、重々わかってる。
俺自身、絆が大学で教授と顔合わせてると思ったら心臓バクバクするからさ。
今だってほんとは、ただひたすら甘やかしてやりたいと思うけど、でも、つまんない誤解や行き違いで、せっかく手にしたものを失うようなことにはなりたくないから、ちゃんと言葉にしておかないといけないと思う。
良くも悪くもお互いの過去を知ってる俺たちだから。
「山登ぉ」
あぁ…もう……。
なんちゅう顔をするんだっ!!
ぬーーーっ!
ちょっとくらい耐えろ俺っ!
「なあ絆、おまえ、他のやつ、摘み食いしたいとか、思ってる?」
グスンとすすりあげ、俺が顔を固定してる中の精一杯の稼働域で首を横に振る絆。
真っ赤な目、真っ赤な鼻、ピンクの頬。
顔なんてぐしゃぐしゃに歪ませてるのに、なんでこんな可愛いんだろ。
「俺も一緒。絆だけだ。他なんていらない。…まあ、なんだ。あんなふうに待っててくれるの、とんでもなく嬉しかったけどな。けど、心臓に悪いから、これからは部屋で待っててくれる?」
「……ん…」
どうしても耐えきれず、頬に細かなキスを落としてから、その潤んだ瞳を覗き込む。
「ごめんな? 電話すればよかったな」
玄関に置き去りにしてるスマホ。
ああやって玄関で丸まって、俺からの連絡を待ってたんだって思うのは、自意識過剰なんだろうか。
部屋を歩き回り、スマホの変化をうかがい、時計を見て半泣きになる絆の姿を浮かんだら、たまらなくなって思いっきり抱き締めてた。
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