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最終話
しばらくの間は、国内の情勢は騒がしいものだったが、何もなかったかのように、ロスーン国には、再び穏やかな日常が戻っていた。
エルベルトは、国外への追放処分となり、ハーウェルの家からも除名されることになった。
それは、同時にエルベルトがこの国で生きた痕跡が綺麗になくなったのと等しかった。
「先生、大丈夫だろうか」
「……別に、大丈夫だろ。普段から、ふらふら国外旅行してたような人なんだから」
降霊術課のエルベルトが座っていた席には、今、ユーリが座っていた。そして、代わりに自分が座っていた席には、テオが座っている。
最初は、降霊術課で働くことを渋ったテオだったが、エルベルトがいなくなった今、ますます心配性に拍車がかかった国王様に降霊術課で働くことを強く望まれた。
ユーリが、最初に思い描いた未来は、ここにエルベルトがいて、自分がいて、テオがいる未来だったのにと思うと、時折、寂しく感じる。
「ねぇ、もう、先生に会えないのかな」
「さっきから、先生先生って、仕事しろよ! 何にも変わらねぇのな」
本棚の前で、資料を読んでいたテオは、大きくため息をついて振り返った。
新品の導師服は、ユーリとお揃いの意匠だが、色んなところを着崩しているので、元が同じとは一見では判別出来ない。
今は二人きりなので、適当な格好をしているが、国王様の前へ行くときは、これで、テオもきちんと正装はするし、長い前髪だってきちんと上げてくる。根は不器用なくせに、仕事に関してはユーリよりもはるかに要領がいいので、元兄弟子としては憎たらしいと思う。
「ユーリは、先生に何されたのか、ちゃんと覚えてんのかよ」
テオは、呆れ顔でユーリが座っている席までカツカツと革靴を鳴らしてやってくる。
「で、でもね、先生は、家を離れて勉強したいって思ってただけなんだし、自国の情報を流してたのは悪いことだけど……でも」
自分たちの先生との思い出が全部、嘘で塗り固められたものだとは思いたくなかった。許したくないことも、許してはいけないところもあるかもしれない。でも、その思い出全部をなかったことには出来なかった。
――出会ってしまったら、もう出会わなかった頃には戻れない。
それは、ユーリがエルベルトの下で学んだ大切なことだった。
テオは、肩を落とした。
「結局、先生は、国を出て自由に生きたいって願い叶えてるじゃん。ああいうところが性悪なんだって、俺は、ほんと、嫌い」
確かに、蓋を開けてみれば、全てが、エルベルトの望んだ通りになっている。
家を捨て、国を出て、一人自由に生きる。
「でもさ、テオも、先生の情状酌量を願ってたじゃん」
「それはユーリがそうしていたから」
「素直じゃないなぁ?」
「別に、ユーリがどう思おうと自由だけど。――また、縁があったら、会えるんじゃねーの。この国じゃ無理だろうけど」
テオは、そう言ってユーリの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「いつか、また先生に会いに行けるといいね」
「ぜってーいやだ。ユーリは、俺と一緒にいればいいんだよ」
甘え上手な幼馴染は、そう言ってユーリの頬に噛みつくようにキスをした。
おわり
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