第六章:思い初める

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 そして自分ですら気付けなかった右京への 恋心を見透かしていたからこそ、延珠はあん なにもつれない態度をとっていたのだと…… 古都里はようやく理解することが出来た。  けれど右京を好きだと自覚したばかりの心 に、どうにもならない現実がのしかかる。  右京には愛してやまない妻がいるのだ。  たとえ遠い昔に他界しているとしても彼女 の存在はこの世の誰よりも大きく、愛おしく。  だから、朽ち果てた箏に付喪神が宿っても 尚、彼は宝物のようにあの部屋に留めている のだろう。  そのことを思えば、一弟子に過ぎない自分 が入り込む余地など微塵もないのだと、この 恋が叶うことは永遠にないのだと……悲しい 予感ばかりが古都里の胸を占領した。 ――彼が『妖』で、自分が『人』である以前 の問題なのだ。  「あんたなんかよりずっと、あたしの方が 好きなんだからね。右京さまを好きでいた時 間だって、あたしの方がずっと長いんだから」  ライバルに宣言するかのように言い放った 延珠に、古都里は力なく頷く。  好きでいてもどうにもならない苦しい恋を 胸に抱えながら、延珠は気が遠くなるほどの 長い年月を右京の傍で過ごしたのだ。  決して彼の気持ちが自分に向くことはない と知りながらその人を見つめ続ける日々は、 どんなにか辛かっただろう。  古都里は延珠の苦しい想いと自分の叶わぬ 想いを胸に重ねると、息を吐くように言った。  「誰かを好きになるって、こんなに苦しい ことだったんだね。わたし、片想いすらした ことなかったから知らなかった」  言って、はは、と乾いた笑みを零した瞬間、 涙がぽろりと足元の敷石を濡らす。その染み を見つめ「どうしよう、困ったなぁ」と呟け ば、瞬く間に視界がぐにゃと歪んでしまった。  「……ちょっ、ちょっと。何であんたまで 泣いてんのよ!」  ついに大粒の涙を零しながら、ひっくひっ くとしゃくりあげながら泣き出してしまった 古都里に、延珠が、ぎょっ、とする。  「わかんない。けど悲しいんだもん。好き なのにどうしていいかわかんなくて。わたし も、延珠ちゃんも可哀そうで……悲しいよぅ」  子どもがそうするように零れ落ちる涙を両 の指で拭いながら言うと、延珠の赤い目にも、 ぶわっ、っとまた涙が溢れ出してしまった。  「やめてよもうっ。そんなこと言われたら あたしまで泣きたくなるじゃないの!」  そう言ったかと思うと、延珠も空を仰ぐよ うにして、わんわん、と泣き出してしまう。  「……延珠ちゃぁん」  隣で泣く延珠に身を寄せるように古都里が 肩を抱くと、延珠も手を振り払うことなく古 都里の腕にしがみついた。  そのまま青空の下、二人してどれほど泣い ただろうか?  社殿を守るように深々と生い茂る木々から 野鳥が飛び立つ音がしたかと思うと、不意に 背後から、ざり、と砂を擦るような音がした。
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