第六章:思い初める

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 その夜。  いつものように延珠と布団を並べ床に就く と、走り疲れた体はあっという間に古都里を 眠りへと誘ってくれた。  意識が闇に包まれて間もなく、古都里は懐 かしい夢を見る。 ――それは姉が生きていた頃の夢。  中学に上がり、姉と部屋を分けられた古都 里は寝付けぬ度に姉の部屋を訪れていたのだ。  ふかふかの枕を手にそうっとドアを開けれ ば、卓上型の丸いサイドライトだけが淡く光 る中で姉はスマホを眺めている。  「……お姉ちゃん、眠れない」  そう声を掛けると姉は決まって布団を捲り 上げ、「おいで」とやさしく微笑んでくれた。  ベッドに潜り込めば、姉の体温と共に心地 良い匂いが古都里を包んでくれる。  同じシャンプーの匂いに仄かに交ざるのは、 ラベンダーの香りだったか。姉は風呂上がり にピュアオイルで、いつも肌を潤していた。  「お姉ちゃんの名前は可愛くて良いなぁ」  潜り込んだベッドの中で唐突にそんなこと を言ったのは、名前の由来を書くという作文 を提出したからだった。  「そうかな?『古都里』だって可愛いよ」  向かい合っていた姉が微かに柳眉を上げる。  古都里は口を尖らせると、細やかな不満を 口にした。  「だってね、『雲雀(ひばり)』はちゃんとした鳥の 名前で大空を舞う春告げ鳥でしょう?なのに、 『小鳥』は鳥の名前じゃないし、お姉ちゃん の名前が『妃羽里』だから、適当に『鳥』で 揃えられた気がするんだもん」  そんなことを言って拗ねた古都里に、姉は 一度目を丸くしてから、ふふっ、と笑う。  なぜ姉が笑うのかわからなかった古都里は、 しぱしぱと目を瞬いた。  「そっかぁ、古都里は知らなかったんだね。 ツバメでもスズメでもね、『小鳥』っていう のは皆に幸せを運ぶ『幸運のシンボル』とし て親しまれてるんだよ。だから古都里の笑顔 が皆を幸せにしますようにって、お母さんが 付けたの」  「お母さんが?」  「そう。だから、ぜんぜん適当じゃないよ。 古都里はとっても素敵な名前で、可愛いの」  言って、姉が布団を肩まで掛けてくれる。  そうして宥めるように、ぽんぽん、と、 やさしく布団を叩いてくれた。  「そっか、そんな意味があったんだ。あー、 作文提出しちゃったよ。ちゃんとお母さんに 聞いてから書けば良かったなぁ」  「提出しちゃったって……何て書いたの?」  「えっとね、姉の名前が妃羽里だから『鳥』 で揃えようとしたら小鳥の画数があまり良く なかったから古都里になった“らしい”』って」  「何それ。もう、古都里ったら、いじけ虫 なんだから」  姉が頬を膨らませて、古都里の鼻を摘まむ。  「ごめーん」と摘ままれたままくぐもった 声を漏らせば、姉は、ふわ、と笑んでやさし く言った。  「古都里は皆に幸せを運ぶやさしい鳥なの。 だから、誰かが悲しんでいたら古都里の笑顔 で皆を幸せにしてあげてね」 ――澄んだ姉の声が、夢の中で木霊する。  目に映る姉の顔がぼんやりと白んで消えた 瞬間、眠りから覚めた古都里の目にはうっす らと涙が滲んでいた。  「……お姉ちゃん」  ようやく夢の中で会えた姉に古都里は切な くも爽やかな笑みを浮かべる。ぽろりと一筋 の滴が枕を濡らしたが、その涙は不思議なほ ど温かなものだった。
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