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第七章:燃ゆる想いを 箏のしらべに
緋色の厚い毛氈が敷き詰められた舞台は、
眩いほどの照明に照らされている。ピン、と
緊張に張り詰めた空気は、けれど、凛として
心地良く、箏糸を弾くたびに心が研ぎ澄まさ
れるような感覚に包まれていた。
照明が落とされた観客席は時折り人の気配
を感じるものの、まるで箏の音を吸い込むよ
うに静まり返っている。
古都里はいつまでも続く平和と豊年の吉兆
の思いが込められた歌を歌いながら、仲間と
心を一つに『八千代獅子』を弾き終えた。
シャン、とお辞儀の合図が鳴ってゆっくり
と頭を下げる。打ち鳴らされる拍手が止まぬ
うちに伏せた目を上げれば、その視線の先に
笑みを浮かべる母を見つけることが出来た。
ぽっかりと隣の席は空いていたが、母の姿
を見つけただけで古都里の頬は綻んでしまう。
静かに下りて来る緞帳の向こうに母が消え
ても、古都里の胸は温かさに満たされていた。
迎えた演奏会当日は、蒼穹が広がっていた。
古都里はいつもより早く起床すると、朝食
もそこそこに延珠に着物を着付けてもらった、
のだけど……。
「ぐっ……苦しぃ……」
垂れ下がる帯と体の間に帯枕を入れ、延珠
が、ぎゅうぅっと二十太鼓結びをしてくれる。
艶やかな金彩の袋帯を大きめのお太鼓に仕
上げれば、落ち着いた淡藤色の留袖が演奏会
に相応しく華やかな装いとなった。
けれど、少々きつめに延珠が帯を締めてく
れたこともあり、昼食にお取り寄せした岡山
を代表する郷土料理、『ばら寿司弁当』も喉
を通らない。酢じめしたサワラや桜形の人参、
蓮根、椎茸、エビ、穴子、錦糸卵などなど。
色とりどりの食材を前にしても箸は進まず、
古都里は弁当を三つ平らげてもまだ物足りな
そうにしている雷光に、手付かずのそれを譲
ったのだった。
控室兼、楽屋として借りている第一和室会
議室は三十三畳もあり、そこに集うお弟子さ
んたちは直前の手合わせをしたり、出演前に
楽器を運んだりと皆一様に忙しなくしている。
午前の部で八千代獅子を弾き終えた古都里
は、残すところ終曲の『蒼穹のひばり』のみ。
そろそろ狐月を連れ、舞台袖に控えていよ
うかと思ったその時、揃いの行燈袴に身を包
んだ右京が傍らにやってきた。
「お疲れさま。もうすぐ二曲前の『花紅葉』
が終わるから迎えに来たよ。続けて出演する
延珠と飛炎はそのまま舞台袖で待機するだろ
うから、そろそろ行こうか」
朝からほとんど出演しっぱなしで疲れてい
るだろうに、わざわざ迎えに来てくれた右京
に古都里は「はい!」と、慌てて立ち上がる。
けれど、きつく締められた帯に体制を崩し
てしまった古都里は、着物が開けてしまわな
いように前を押さえたままよろけてしまった。
「おっと、大丈夫?」
その古都里の肩を透かさず右京が支えてく
れる。着物越しにじんわりと染みてくる体温
に頬を染めれば、気遣うような眼差しが自分
を覗き込んでいた。
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