第七章:燃ゆる想いを 箏のしらべに

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 「娘が前を向いて生きてるっていうのに、 母親のわたしがいつまでも立ち止まっていた らお姉ちゃんに顔向けできないわね。失った ものが大き過ぎて、それに囚われ過ぎて周り が見えなくなってしまったのだけれど……。 昨日ね、妃羽里が会いに来てくれたのよ」  「……お姉ちゃんが?」  その言葉に目を見開けば、母は鼻先を赤く 染めたままで白い歯を見せる。  「夢に出て来たのよ。あの子が亡くなって から初めて、夢枕に立ってくれたの。それで、 お母さんに笑って欲しいって。もう泣かない で欲しいって……そう、言ってくれたの」  ぽろりと母の目から涙が零れ落ちて、なの に母は笑っていた。その笑みは、どこか吹っ 切れたように爽やかで、やさしくて。姉を亡 くすより前の、母が戻ってきたように感じる。  「それともうひとつ、古都里に渡して欲し いものがあるって。妃羽里から頼まれたのよ」  「渡して欲しいもの?わたしに?」  何も心当たりのない古都里が首を傾げると、 母は手に提げていたバッグから何かを取り出 し、古都里の掌に載せた。載せられたそれを 見れば、見覚えのある錦織の小さな巾着で。 ――中には、姉の箏爪が入っているはずだ。  「これを、お姉ちゃんが?」  「そう。古都里に持っていて欲しいって。 お守りだから、って言ってたわ」 ――すぐ傍で姉が笑んだ気がした。  『ずっと傍にいるよ』  そう、言われた気がして、古都里はそれを そうっと胸に抱き締める。  温かな涙が幾度も頬を伝って止まらなかっ たけれど。ずっと心のなかに降っていた雨が 止んだような、そんな晴れやかな心地だった。  抱き締められた時に潰れてしまった花束を 母に渡すと、「次は必ず、お父さんを連れて 来るからね」と母は涙の痕が残る頬を緩めた。  誰も居なくなったフロアの階段を下り、母 が帰ってゆく。その背中を見つめていた古都 里の隣に人の気配がして、古都里はその人を 見上げた。  うっすらと、口元に笑みを浮かべ右京が母 を見送っている。古都里はすでに遠くなった 母の背中に視線を戻すと、呟くように言った。  「ずっと、傍にいたんですね。お姉ちゃん」  右京が静かに古都里を向く。  けれど古都里は、前を向いたままで続ける。  「写真が倒れたんです。母と話している時。 あの時も……お姉ちゃん、傍にいたんですね」  言って、握り締めていた箏爪を見せれば、 彼は何も言わずにただ目を細めた。  無常の風は時を選ばず、という言葉がある。  吹く風が時を選ばず咲き誇る花々を散らす ように、人の命もいつ終わりを迎えるかわか らないという諺だ。  その言葉通り、姉の人生はたった十八年で 終わってしまったけれど……。たとえ肉体は 滅びても魂は永遠に消えることはないのだと、 古都里はようやく信じることが出来た。
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