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いつの間にか、しとどに頬が濡れていた。
握られた手の温もりは、現実のものだった
のだろうか?色褪せた記憶に残る彼の温もり
は同じもので、古都里は何だかまだ夢を見て
いるようだった。
「……右京さま」
愛しくて、愛しくて、仕方なかった人の名
を呼べば彼の顔がくしゃりと歪む。右京が手
にしていた箏爪がころころと広縁を転がって、
その手が確かめるように古都里の頬に触れた。
「やっと思い出したのじゃな、天音」
低く掠れる声に頷けば、吐き出す息と共に
右京の腕に抱き寄せられる。遠い遠い記憶の
中で、幾度、この胸に頬を預けたことだろう。
天音として生きた記憶が欠片のように集ま
って思い出せば、切なさに胸が焦げてしまい
そうだった。
「……主の居ぬ世は、つまらんかったぞ」
肩の向こうで聞こえた声は震えていて、顔
は見えなくとも彼が泣いているのだとわかる。
堪らなかった。古都里は声を上げて泣いて
しまいたい衝動を、ぐっ、と堪えると、
「ずっと傍におりましたでしょう?」
と、宥めるように背中を擦った。
ふ、と、右京の笑む気配がして体を離す。
切れ長の双眸から溢れる涙はやはり美しく、
じっと見つめられれば途端に鼓動が早なって
しまう。面映ゆい表情をして、つい、と庭に
目を移せば、薄い青紫の花が風に揺れていた。
「竜胆の花があんなにたくさん」
「主の好きな花じゃからな」
その声に視線を戻せば、もう逃げられなか
った。右京の掌が古都里の両頬を掴まえて、
二人の視線が熱く重なった。
「愛しているなどという言葉では、とても
足りぬな。良いか?」
その言葉に小さく頷くと、古都里は目を閉
じて、降ってくる温もりを唇で受け止めたの
だった。
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