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頭に浮かぶ記憶は断片的だけれど、黒く長
い髪を三つ編みで前に垂らし、自分を一枚の
絵に変えていく顔は真剣そのもので……出来
上がった絵を見たときは、絵の中で生きてい
るかのような仕上がりに感動し、思わず彼の
手を取り感謝の意を伝えたことを思い出した。
「思い出しました。宗雲さん、いまもお元
気でしょうか?」
言って笑みを浮かべると、右京の腕が絡み
つき、背後から古都里を抱き締める。そして
髪に、頬に唇を這わせると囁くように言った。
「宗雲は、流浪のあやかし絵師じゃからな。
いまも絵を描きながら各地をさすらい歩いて
いるじゃろうが、近くを通ることがあったら、
今度は古都里の絵姿を描いてもらわねば」
「そうですね。前世で縁のあった方にまた
会えるのは嬉しいです。何度生まれ変わって
も強い縁で結ばれている気がして」
思ったままを口にすると、右京は切なげに
目を細め、再び古都里の唇をやさしく覆った。
古都里は右京の腕にしがみつくようにして、
その唇を受け止める。
受け止めながら、ふと、初めてこの家を訪
れた時のことを思い出していた。
初めてこの家の扉を開けた時、自分を見上
げた狐月は「おかえりなさいませ」と口にし
たのだ。あの時は、背後にいた右京に言った
のだと思っていたけれど。いつか、奥さんの
姿絵を見たことがあると言っていた狐月の言
葉を思い出せば、あの「おかえりなさいませ」
は自分に向けられたものだったのかも知れな
いと、そう思えた。
おそらくは延珠も……この絵を目にしたこ
とがあるのだろう。鍵がかかっている訳でも
ないこの扉は、誰でも自由に開けて見ること
が出来るからだ。そのことに思い至れば、延
珠の自分に対するつれない態度も合点がいっ
て胸が苦しかった。
そんな複雑な想いを抱えつつも、あの日か
ら半月が過ぎたいま、表向きは何ら変化のな
い日々を送っている。
前世の記憶を取り戻したことは、すでに仲
間の妖の知るところとなっているけれど……。
右京と二人きりのときは「右京さん」と下
の名で呼ぶことはあっても、お弟子さんたち
の手前、「先生」と呼ぶことの方が圧倒的に
多いのだし、一階の右京の部屋に荷物を下ろ
すように言われていても、延珠の気持ちを思
えば喜び勇んで右京の部屋に転がり込むこと
も出来なかった。
結局、「天音」としての記憶を持ち合わせ
ていたところで、いまの自分は「笹貫古都里」
なのであって、いきなり右京の「妻」として
振る舞うことは出来ない。
それでも二人きりになれた時の右京の溺愛
ぶりは激しく、古都里はそれだけで十分幸せ
に満たされていた。
「あんまり幸せ過ぎるのも恐い気がするし、
これくらいがちょうどいいのかも」
焦らずとも、いずれは「妻」としてお弟子
さんに紹介される日が来るのだろう。
何事も時が満つる時というものがあるのだ。
ひとしきりそんなことを思うと、古都里は
観音扉を閉め、部屋を後にした。
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