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廊下に出て歩き始めると、すぐに玄関で靴
を履いている小見山の背中が目に入った。
お稽古が終わって、帰るところなのだろう。
古都里はひと声掛けようと廊下を進む歩を
速めた。
――その時だった。
小見山の隣に人影が揺れて見えて古都里は
思わず立ち止まる。どくどくと、鼓動を鳴ら
しながら目を凝らせば、靴を履き終え立ち上
がった小見山を案ずるように、老齢の男性が
じっと横顔を見つめている。お洒落なグレー
のハットを被り、同色のジャケットを羽織っ
たダンディな男性。
そう言えば、小見山は十一年前にご主人を
亡くしているのだと話してくれなかったか?
古都里はそのことに思い至り、はっとする。
もし隣に立つ男性がご主人なら、あの表情
はいったい何を伝えようとしているのだろう。
ざわざわと、胸騒ぎがして古都里は堪らず
小見山に駆け寄った。
「小見山さんっ!」
玄関の取っ手に手を掛けたところで古都里
の声が飛んできて、小見山が振り返る。その
顔はいつもより生気が感じられないような気
がして、隣に立つ男性をちらと見れば、彼は
安堵したように古都里を見て頷いた。
「びっくりした。どうしたの古都里ちゃん、
血相変えて」
「えっと、そのっ」
不思議そうな顔で自分を覗き込む小見山に、
古都里は口籠る。何をどう伝えれば、怯えさ
せることなく危険を知らせることが出来るの
だろう。信じてもらえなければ彼女を助ける
ことは叶わない。
古都里は一度息を吐いて呼吸を整えると、
慎重に、慎重に言葉を選んだ。
「あのっ、突然こんなことを言ったら頭が
可笑しいと思われるかも知れないんですけど。
実はわたし、ちょっと霊感みたいなものがあ
って、それで……たまに亡くなった人が見え
てしまうことがあるんです」
「まあ、古都里ちゃんにそんな能力が?」
小見山は否定するでもなく、けれど表情を
曇らせる。無理もないだろう。切羽詰まった
ような古都里の様子を見れば、これから聞か
されることは悪い知らせなのだと察しがつく。
「はい。それで、いま、玄関に立つ小見山
さんの横に男性が立ってるのが見えて。素敵
なハットを被った、眼鏡を掛けた男性なんで
すけど、心当たりありませんか?ジャケット
を羽織った、インテリな感じのお爺さんです」
「主人だわ。いつもグレーのハットを被っ
ていたのよ。ジャケットとお揃いの」
「やっぱり」
その言葉に、古都里は、ほぅ、と息を吐く。
自分が口にした人物像と彼女の夫の容姿が
符合すれば、いま目の前にその人がいること
を信じてもらえるに違いない。
「それで、主人は何て言ってるのかしら?」
「すみません。言葉は聞こえないんです。
でも、凄く心配そうなお顔をなさってて……。
もしかして、どこか具合が悪いとか思い当た
ること、ありませんか?きっと小見山さんの
身に何かが起こることを知らせに来たんだと
思うんです」
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