エピローグ

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 「具合が悪いところ……そう言えば。しば らく前から息切れが酷くて気になっていたの。 年のせいだと思っていたのだけど、何か悪い 病気が隠れているのかも知れないわね」  その言葉に男性の顔を覗けば、彼はそれが 正解というように大きく頷いてくれる。  「きっとそれです!ご主人はそのことを小 見山さんに伝えに来たんだと思います」  古都里がそう言うと、何も見えないはずの 小見山は老齢の男性が立つ方向を見て、目を 細めた。  「あなたが守ってくれるような気がして、 ずっとこの指輪を身に付けていたのだけど。 そう……本当に守ってくれていたのね」  ころんとした翡翠の指輪に触れながら、小 見山が笑みを深める。そうして、古都里に向 き直ると、慇懃に頭を下げた。  「教えてくれてありがとう、古都里ちゃん。 まだ、迎えに来るには早いということなんで しょうね。さっそく明日病院へ行ってみるわ」  古都里が安堵して頷くと、小見山は玄関の 格子戸を開けて帰ってゆく。その後を追うよ うに玄関を出てゆこうとした男性は、古都里 を振り返ると被っていたハットを外し、頭を 下げた。その所作に慌てて古都里も頭を下げ れば、男性は笑みを浮かべ、すぅ、と扉の向 こうに消えてゆく。 ――良かった。  これできっと、小見山は難を逃れることが 出来るだろう。そう思って息をついた古都里 の耳に、突然、右京の声が飛び込んで来た。  「どうやら、信じてもらえたようだね」  「せっ……右京さん!いつからそこに!?」  今しがた、男性が出て行った玄関と右京と を見比べる。小見山を見送ろうと彼も下りて 来たのだろうか?もしそうなら、扉の向こう に消えた男性が、右京に見えていないはずが なかった。  「人には見えないものが見えたって何も役 に立たない、ってずっと思ってたんですけど。 初めて誰かの役に立てそうです。思い切って、 小見山さんに伝えて良かった」  心底満たされた顔で言えば、右京は「そう だね」と、やさしく頷いてくれる。  「伝え方も大事なんだ。悪いことや、恐ろ しいことは信じたくないっていう心理が働い てしまうからね。黒い人影が見えるとか、死 神が見えるとか、そんなことを言われれば誰 だって恐ろしくて否定したくなる。だけど、 亡くなった家族やご先祖が何かを知らせに来 ていると聞けば恐くはないでしょう?自分を 助けるために伝えに来たと思うだろうからね」  「でも、いままでは本当に黒い人影しか見 えなかったんです。こんな風に、はっきりと 人の姿が見えたのは初めてで……」  「うん。いままで古都里に見えていたアレ もね、実は死神ではないんだ。その人の身に 迫る危険を知らせに来たご先祖が、古都里に はそう見えていただけなんだよね。だいたい が悪いことを知らせに来ることの方が多いか ら、その姿が黒く見えてしまうんだろうけど。 稀に、その人に憑りつこうとしている悪霊や 道端で命を落とした小動物の魂なんかも黒く 見えるけど、その場合はもっと色が濃いのが 特徴かな」
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