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廊下の奥に向かって声を掛ければ「はいっ」
と、元気な返事と共に、狐月と延珠が暖簾の
隙間から顔を覗かせる。その二人の足元から
ひょっこり顔を出した小雨は、トコトコと玄
関にやって来た。
「なんじゃ、またみたらし団子か。小娘で
なくとも飽き飽きして文句が出るわい」
「あんだとぉ?別に無理に喰うこたぁねぇ
ぜ。嫌なら串でもしゃぶってな」
口を尖らせて言った雷光に、古都里は慌て
て小雨を抱き上げる。このまま放っておけば
喧嘩勃発だ。
「なんじゃとぉ?この色ボケ鬼が」
「いいやがったな!すねこすりならぬゴマ
こすりめ!古都里ちゃんに甘えてんじゃねぇ」
「もうっ、二人ともやめましょうよ。いつ
までも玄関に突っ立ってても何ですし、早く
中に入って曲目を決めましょう!」
睨み合う二人の間に割って入って古都里が
窘めると、傍にいた飛炎が、ぽん、と雷光の
肩を叩いた。
「彼女の言う通りですよ。『一寸の光陰軽
ろんずべからず』と云うでしょう。こんな所
で油を売っていても仕方ありません。さっさ
と上がりましょう」
言って飛炎が草履を脱いだ、その時だった。
「たのもうっ!!」
玄関の格子戸の向こうから突然、そんな声
が聞こえてきて一同は顔を見合わせた。それ
ぞれに怪訝な顔をしてガラスの格子戸に映る
影を見やれば、そこには背中に羽らしきもの
を生やした影がひとつ。
――人ではない『何か』がそこに立っている。
「たのもうだぁ?ここは道場じゃねぇぞ?」
「嫌な予感しかしませんね。ここは聞こえ
なかった体で、奥に上がってしまいましょう」
あらかさまに眉間に皺を寄せた雷光と、顳
に手をあてて首を振る飛炎に、右京がやれや
れと肩を竦める。
「今日も賑やかな一日になりそうだね」
安心させるように古都里の頭に、ぽん、と
掌を載せるので、古都里は「そうですね」と
破願したのだった。
=完=
***この物語を読了くださいまして、誠に
ありがとうございました。読者様とのご縁を
いただけましたこと、心より感謝致します。
橘 弥久莉***
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