プロローグ

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 こうして姉の月命日に墓を訪れるのは、 何度目だろうか?恵風(けいふう)に溶ける白檀の香りを 胸に吸い込みながら、古都里(ことり)はひとり静かに 手を合わせる。  閉じた瞼の裏に浮かぶ姉、妃羽里(ひばり)の笑みは あの頃のままやさしく、美しく、知らず頬が 緩んでしまう。古都里はゆっくりと目を開け ると墓石を見つめ、姉に語りかけた。  「定期演奏会、頑張るからね。お姉ちゃん、 応援しててね」  返ってくる声はない。  けれどふと、姉が笑みを深めたような気配 を感じ、古都里は目を細める。立ち上がって 墓標に目をやれば、釈から始まる戒名の下に 令和×年 二月二十五日  俗名 笹貫(ささぬき) 妃羽里(ひばり) 享年十八才 と、真新しく白い文字が刻まれている。  深い悲しみと、逃れることの出来ない自責 の念を内に抱えながら三回忌を終えたあの日。  この寺を出て、ひとり導かれるように市民 会館の方へ足を向けた奇跡を思い起こし、古 都里は満たされた顔で、ほぅ、と息をついた。  プラスチック製の柄杓(ひしゃく)が入った手桶を持ち、 低い塀の向こうに広がる倉敷の街を見下ろす。  姉の墓があるここ、光芒寺(こうぼうじ)は小高いところ にあり、いつ来ても眼下に美しい街並みが 見渡せる。  「じゃあ、また来るね。お姉ちゃん」  古都里はそう言ってひらりと墓に手を振る と、そよぐ風に後れ毛を揺らしながら慣れた 境内を歩き始めた。歴史ある茅葺き屋根の 本堂の前には、すでに葉桜となった大きな桜 の木がある。その前を通り、趣のある薬医門 を出て石段を下りてゆくと、入り口に停めて おいた自転車のカゴに鞄を入れた。そうして、 ゆるりと自転車を走らせ、白壁通りに出る。  ここから古都里が住み込みで働いている家 までは十分もかからないが、帰りがけに「み はし堂」に寄って、焼き立てのみたらし団子 を土産に買うのがお決まりのコースだった。  「さて、行きますか」  古都里は独り言ちると天領時代の面影が 随所に残る、倉敷美観地区へと向かった。  「よぉ、古都里ちゃん。墓参りの帰りかい」  ちらほらと歩く観光客に紛れながら白壁の 街並みの中を進んでゆくと、店先で団子を焼 いていた雷光(らいこう)が、にっかりと白い歯を見せて くれた。古都里は、ふふっ、と頷き店の前に 自転車を停める。ずらりと建ち並ぶ昔ながら の白壁造りの町屋の中に、ひょっこりと現れ る小さなお団子屋さん。  ここのみたらし団子は、うるち米ともち米 の良いとこ取りをした団子粉を使っていて、 歯ごたえとモチモチ感がちょうどよく、創業 時から継ぎ足し継ぎ足しで作られた甘辛ダレ も濃厚で美味しい。古都里はこの店の顔なじ みであり、店主の雷光も所属する箏曲の会、 『天狐(てんこ)の森』の一員だった。
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