プロローグ

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 頭二つ分くらい背の低い狐月の背中につい てゆこうとすると、玄関を上がって左手にあ る階段から人の下りてくる気配がする。  「お帰り、早かったね。お姉さんとゆっく り話は出来たかな?」  声がして階段を見上げると、着流し姿がよ く似合う箏曲の大師範、村雨右京(むらさめうきょう)が柔らかな 笑みを向けていた。  「はい。演奏会頑張るから応援してねって、 お願いしてきました」  「そう。お姉さんがついていてくれるなら 安心だね。この際もう二、三曲、古都里さん の出番を増やしてみようか?僕がスパルタで 教えてあげるよ」  揶揄うように言って、すぅ、と目を細めた 右京に古都里は口を尖らせる。右京の手厚い 指導を受けられるのは嬉しいが、二週間後の 演奏会までにあと二曲も覚えられる訳がない。  『あの曲』を弾かせてもらえるだけでも胸 がいっぱいなのに……。  「手持ちの二曲でいっぱいいっぱいです。 新人なんだから大目にみてください」  冗談を本気に捉えて古都里がそう言うと、 右京は、あはは、と可笑しそうに声を上げた。  「冗談だよ。他のお弟子さんの手前、古都 里さんばかり特別扱いする訳にはいかないか らね。君は本当に純朴で可愛いね」  ぽん、と大きな掌が頭に載せられて、古都 里は肩を竦める。隣に立った右京との距離が 近いうえに、他意がないに違いない「可愛い」 という単語にどぎまぎして俯いてしまう。  すると、みたらし団子を手にキッチンへと 入っていった狐月が淡藤色の暖簾の隙間から ひょいと顔を覗かせた。  「お二人とも、お茶が入りましたよ。温か いうちにお団子いただきましょう」  溌剌(はつらつ)とした声で自分たちを呼ぶ狐月に、 古都里も「はーい」と軽やかな返事をする。  「行きましょうか。食べ終わったらお弟子 さんが来る前に調弦をお願いできますか?」  言いながら歩き始めた右京の隣に並ぶと、 古都里はまた「はい」と元気に返事をしたの だった。
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