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「あら、ごめんなさい。後ろにいたなんて、
気付かなかったわ」
しれっ、とそんなことを言って、古都里と
叔父の顔を交互に見た叔母に、苦笑を浮かべ
首を振る。今夜も我が家に泊まってゆく予定
の叔母たちは、家に帰ってからも母を囲んで
同じような話を繰り返すことだろう。そのこ
とを憂鬱に思いながらまた歩き出し、境内の
一角にある駐車場に辿り着くと、古都里は車
の助手席に乗り込んだ母親に窓越しに言った。
「ごめん、お母さん。ちょっとコンビニで
買いたいものがあるから。私は歩いて帰るね」
姉の墓があるここ、光芒寺から自宅のある
東町までは、ゆっくり歩いて二十分。気晴ら
しにもなるし、少しでも重苦しい空気の中に
身を置く時間を減らすことが出来る。首筋を
撫でる朔風は冷たかったが、喪服の上に黒の
ロングコートを羽織っていたので、そこまで
寒くはなかった。
「そう。気を付けて帰って来るのよ」
一緒に車で帰らないと言った娘の真意を探
るように数秒だけ古都里の顔を覗くと、母は
すぐに前を向いてしまった。父の車に続き、
叔母たちの乗った車が駐車場を出てゆくのを
見送る。古都里はコートのポケットに両手を
突っ込むと「ぶらぶら歩きますか」と独り言
ちて寺の山門へ足を向けた。
倉敷美観地区から南に位置する光芒寺は、
赤レンガの建物と生い茂るツタがノスタルジ
ックな雰囲気を醸し出す複合文化施設、倉敷
アイビースクエアから歩いて二分のところに
ある。観光ガイドで紹介されることはあまり
ないが、山の麓にあるため墓地からの眺めも
よく、姉を失くしてから古都里は毎月ここを
訪れていた。その光芒寺の石段を下り、白壁
通りに出る。と、倉敷アイビースクエアを左
手に見ながらのんびりと歩き始めた。
古都里の住むここ倉敷は、古き良き江戸の
情緒を色濃く残す観光地として岡山県内でも
絶大の人気を誇っている。かつて江戸幕府の
直轄領「天領」として栄えた倉敷は、白壁の
屋敷や趣のある町屋が数多く建ち並び、時代
劇映画のロケ地としても有名だった。中でも、
美観地区、本町周辺には蔵や町屋をリノベー
トしたお洒落な古民家カフェや雑貨店が点在
し、訪れる者を愉しませている。実家のある
東町も古い文化と現代を生きる人々の生活感
が絶妙に溶け合っていて、古都里は倉敷の街
が大好きだった。
そんな歴史と文化の息づく街をひとり歩き
ながら、姉が亡くなった日のことを思い出す。
姉が亡くなったその日は国立大学の受験当
日で、ついさっき叔母が言った『死神』の話
も、あながち嘘ではなかった。
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