第六章:思い初める

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 やがて人通りの疎らな歩道を駆け抜けたか と思うと、延珠はなぜか倉敷アイビースクエ アの駐車場へと入っていった。古都里も息を 切らしながら後に続く。  正門の東側にある広大な駐車場の一角には 木々が生い茂った場所があり、その奥には 丹塗(にぬ)りの朱色の鳥居が立ち並ぶ神社が鎮座 していた。  延珠は小ぶりの鳥居が連なる参道を通り抜 けると、朱い社殿の前で立ち止まる。その姿 を認めて古都里がゆっくり歩み寄ると、延珠 はその場にしゃがみ込んでしまった。  古都里は額から滴り落ちる汗を手の甲で拭 いながら、生い茂る木々を見上げる。人目を 凌ぐようにひっそりと佇む神社は、それでも、 そこにいるだけで気が引き締まるほど神聖な 空気を感じられた。  古都里は大きく息をひとつ吐いて呼吸を整 えると、独り言のように言った。  「こんな所に神社があったんだね。子ども の頃から何度も来てるのに、ぜんぜん気付か なかったなぁ」  言って独り笑いすると、延珠のくぐもった 声が聞こえてくる。古都里はその声を聞き逃 さないように隣にしゃがんだ。  「……ここは城山稲荷神社よ。戦国時代ま でこの辺りには小野城っていう砦があったの。 その当時の城主が伏見稲荷を勧誘して祠った のがこの神社の始まり」  「そうなんだ、知らなかった。延珠ちゃん、 詳しいんだね」  「当たり前でしょ。何年ここに住んでると 思ってるのよっ」  感心したように言うと、延珠の鋭い声が飛 んできて古都里は肩を竦める。そして、自分 を睨む目に涙が滲んでいることに気付き、返 す言葉を失くしてしまった。延珠は、すん、 と洟を啜り、膝を抱えると、昔語りをするよ うに遠い声で言った。  「ここは、あたしと狐月が右京さまと出会 った場所なの。親を猟師に殺されて行き倒れ になってたあたしたちを、右京さまはこの場 所で見つけて助けてくれた」  「ここで出会ったって……待って、先生は 甥っ子と姪っ子だって」  「そんなの嘘よ。お弟子さんたちの手前、 そういう風に言ってただけ。本当は、姪っ子 でも甥っ子でもない。あたしたちにとって右 京さまは恩人で、掛替えのない大事な人なの」  延珠の口から初めて語られた真実に古都里 は目を見開き、そうして得心する。  右京に対する狐月と延珠の振舞いは親族や 年長者に対する尊敬の念というよりも、絶対 的な師を仰ぐような……そんな特別な思いが 感じられた。  「そっか。じゃあここは延珠ちゃんと狐月 くんにとって、大事な思い出の場所なんだね」  太い木々に覆われた、小さな社殿を見やる。  その朱い社殿を守るように、二匹の狐像が 両側に佇んでいる。どうしてか、この場所で 二人を見つけ、腕に抱きかかえる右京の姿が 目に浮かんで古都里は頬を緩めた。
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