ラヴァル家の憂鬱〜レアとクロード〜

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***** 「もう大丈夫、お水を飲まれて少し落ち着きましたわ」  クロードを部屋に招き入れ、歩み寄ってきた少女は言った。壁際で身じろぎもせずに何かを──ふらついていたレアを見守っていた少女だった。  声を掛けようと思っていたが、プルデンスに連れられて動き回っていて、なかなか機会が訪れない。そうこうしているうちに、レアは倒れてしまったのだった。  レアは開け放たれた窓辺の寝椅子で横になっている。うっすら花の香りがする風が舞曲を乗せて吹き込んでくる。  近くにいた少女のお付きがクロードに気づき、一礼して退がった。  プルデンスに寄りかかるように倒れたので、レアには怪我はなかった。さすがのプルデンスも一瞬驚いた様子だったものの、クロードが駆け寄ってくるのに気付くと平静を取り戻して付き添いを言いつけた。もてなしに忙しい城の侍従を煩わせるわけにはいかないとの建前だが、クロードが場に飽きていたのも承知していて、気を利かせたようだ。  クロードがレアを抱き上げて運ぼうとすると、異変にいち早く気づいていた少女が自分の侍女に軽食を持たせて付いてきた。控えの間まで案内されたところで、少女に「介抱は女性のほうが」と言われ、おとなしく廊下で待っていたのである。 「朝から飲まず食わずでいたとはな……」  クロードは呆れた。レアは、まだ言い返す元気がないらしく、目線をクロードに向けただけだった。 「締め付けに慣れませんと、苦しくて何も喉を通りませんから」  代弁するように少女が言い、恥ずかしそうに扇で顔を覆った。「わたくしも身に覚えがありますの」 「それなら、着る前に食べておけばいい」 「あら……お腹を満たしてから締めたらどうなるか、男の方でもわかりますでしょう?」  扇から瞳だけ覗かせて笑うと、少女はうやうやしく一礼して侍女と去っていった。お世辞や愛想笑いで淀んだ空気が充満していたクロードの心に、窓を開け放つような爽快さが残った。  二人きりになるとレアは体を起こした。 「大丈夫か? 気分はどうだ? 腹減ってるか? もっと水飲むか?」  クロードが声をかけると、 「……まくしたてるな!」  レアはいつもの調子を取り戻していた。クロードが笑って菓子を差し出すと、手袋を外してつまむ。ドレスを少し緩めてもらい、物が入る隙間ができたのだろう。 「どうする?」  クロードは窓の外に目をやった。まだ陽は高い。「叔母上は帰ってもいいと言っている」 「お前は? クロード」 「俺は夜会にも顔を出すことになってる」  クロードの答えに、レアは下を向いた。 「プルデンス、怒っているかなあ」 「大丈夫さ。ご令嬢は誰でも通る道らしい」 「でも、やっぱり無理だ。私なんかが貴族のふりなんて」 「少しずつ慣れていけばいいさ。きつい時は言えよ」  クロードは少し考えた。夜会まではまだ時間がある。 「そうだ、城下の祭を見に行かないか? 屋敷までお前を送って戻っても、夜会までに戻れる。人出が多いから歩きになるが、屋台で美味いものも売ってるぞ」  クロードの提案に、レアの表情は明るくなった。 「行きたい!」 「決まりだな」  この後、レアは靴擦れの洗礼を受けるのだが、まだ二人はそれを知らない。マルリルの花香る、ある年の夏の訪れであった。 ─ 「ラヴァル家の憂鬱〜レアとクロード〜」完 ─
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