7/20

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ

7/20

今日、1人の少女と出会った。 何もする事がなくなった毎日。 大人でいるのも、気狂いの振りをするのにも飽きてきた。心だけは、放浪者には成りたくないと願っていた学生時代なんか忘れて表参道の裏通りを歩く、太陽の光だけは遮られた蒸し暑い、最悪な日だった。 1日の終も近い。日は傾き、鳥は巣へと帰る。 この通りだけはどんな時でも通りの喧騒を空気という緩衝材で溶かしてくれる。好きな通りだ。 フランス料理屋「ル・タンドール」の横に、万年筆を持った少女が立っていた。 物語の世界から飛び出してきたかの様な、白いワンピースは風に揺られ、艶やかな黒髪はボブカット。太陽の影に隠れるこの通りの中でさえも透き通るような存在感を放っていた。華奢な体つき、やや小さめの身長であった彼女は先述したように「少女」を連想した。 でも、目を見てわかった。 僕とは違う。 生存意識、破壊本能を隠さない。 きっと生きる為なら命を賭けられる人だ。なんて、皮肉。 彼女は旅人だった。アメリカから始まりカナダ、そしてその後は国内を旅していたのだそう。殆どが僕は知らなかった。聞き覚えのあったもの、まだ覚えているものなら、「上高地」だとか、そこら辺。あとはカタカナの横文字が多かった気がする。 ただ、不思議とやっている事は俺と同じで。 彼女も物書きだった。何なら、その旅の目的だって創作の為だったのだ。 今は旅の終わり。その場所にこの地を選んだのは「実家が近いから」という単純な理由だった。 羨ましい。 そして同時に思い知る。変わらない明日を叫ぶばかりで、変わらない今日を殺して生きる覚悟が、街を犯す覚悟すらも、何もかもが足りなかった僕に。 あぁ、この少女に、この人間の傍に居られたのなら。 この少女の殺した海の上を歩けたのなら。 僕の先を征く事無く、きっと僕の心を埋めてくれるのだろう。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!