第一章 帰郷

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第一章 帰郷

「お母さん、ただいま!」  高橋紗枝(さえ)が実家に帰って来たのは、家を出てから5年ぶりだ。  実家を出て一人暮らしを始めたのは紗枝が20歳の時だった。  家を出たのは、親子喧嘩が原因。  良くある話だ。  5年ぶりの実家は、庭の草が生え放題で人が住んでいるようには見えない。  紗枝は胸騒ぎがして、チャイムを乱暴に鳴らす。  しかし、家は静まり返っていて、人のいる気配がしない。  紗枝は、雨風で変色し、ササクレだったドアをドンドン叩いた。  「お母さん、私、紗枝よ。 連絡もせず急に来てごめんね。 どうしてもお母さんに会いたくて」 「紗枝ちゃん、よく来たね。 ここまで来るの、大変だったでしょう?」  母の声が聞こえた。  ドアを開けると、玄関に母親の静江が立っていた。 「もう、驚かせないでよ」  少々、やつれてはいたが、元気そうだ。  母親の後ろについて、家の中に入って行く。 「ごめんね。 体調が悪くて、さっきまで横になっていたの。 直ぐに起きれなくて」  リビングの部屋に、布団が敷いてあった。 「いいの。 多少迷ってけど、帰り道も分かったから。 それより、急に来てごめんね。 身体、大丈夫?」 「たいした事ないのよ。 心配しないで」  部屋は、紗枝が出て行った時と同じ状態で、当時の記憶が昨日のように思い出された。 「泊まっていくでしょう?」 「ううん、シガエリ(日帰り)旅行だから」 と言ってクスクス笑った。 「もう、お母さん、そんなに訛ってないわよ。 それより怪我、大丈夫なの?」 「ほら、この通り、全然平気」  紗枝は腕をぐるぐる振り回して言った。 「お母さん、心配症だね。 ちょっとぶつかっただけじゃん」 「ちょっとじゃないでしょ」  静江は心配そうに言う。 「ねえ、ねえ、見て! 懐かしい!」  紗枝はリビングに飾ってある写真を指差して、はしゃいでいる。 「まだ飾ってたんだね! 私が高校のピアノコンクールで賞を取った時の写真!」  紗枝は思い出に浸るように写真を眺めている。 「紗枝ちゃんの部屋も出て行ったときのままよ。 紗枝ちゃんがいつ帰って来ても良いように、毎日掃除してるからね」  母は優しい。  いつも自分の事より、私の事を第一に考えてくれる。  でも、その優しさがたまに、息苦しくなる。 「私の部屋より、この部屋綺麗にすればいいのに」  振り向いた紗枝が言いながら、カレンダーが貼ってある壁の方を見た。 「カレンダーとか何年前の?‥ 5年前のじゃない! 埃とか溜まってるし、掃除しなきゃダメよ!」 「10年前のよ。紗枝ちゃん。 あらあら、紗枝ちゃんがお母さんみたいね」 「私が掃除してあげる!」 「いいわよ、今日は紗枝ちゃんがお客さんなんだから。 それにシガエリでしょ?」 「ほら、訛った!」  紗枝が笑った。
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