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僕からのキスを受けたマリカ様は、体重をかけて体を預ける。そして両腕を僕の首にかけて、キスをさらに深いものにした。
下半身が解放されたことで余裕の出た僕は、目の前にある華奢な躰のラインをなぞるように片手を移動させて、マリカ様の大きな胸に触れる。普段扱っている果物の柔らかさとは明らかに違う、ハリのあるそれを堪能すべく、ゆっくり揉みしだいだ。
「ぁ、んっ……」
鼻にかかる甘い声がもっと聞きたくて、マリカ様の口内に舌を忍ばせた。すると僕を待っていたように、マリカ様の舌がやんわり絡んできて、僕の舌をちゅっと吸いあげる。
ビクッと肩を竦めたら、首にかけられていた両腕の力が抜けていき、押しつけられていた唇がゆっくりと離れた。
「ハサン、好きよ」
耳の奥に残るマリカ様の声。ちょっとだけ掠れているのに、なぜかそれが鼓膜に焼きついた。
(同じように、マリカ様の耳に残る告白がしたい――彼女が忘れないように……)
「僕も……。僕もマリカが好き」
ふたたび引き寄せ合うように顔を近づけた瞬間、遠くのほうで雷鳴の音が響き渡る。その物音にハッとして、真っ暗闇の空間を目を凝らして眺めてみる。
「ハサン?」
稲光の走り方で、雨雲がコチラに迫ってくることを察し、慌ててしゃがんでみずから落としたケープを拾いあげながら砂埃を払い、マリカ様の肩にかけて紐をきっちり括りつける。
「マリカとずっと一緒にいたかったけど、天気が悪くなる前に帰らなきゃ」
言いながらマリカ様の手を掴み、馬をとめてあるところに引っ張りかけたら、その手をぎゅっと握りしめ、無理やり引き留められた。
「あと一度だけ。お願い、あと一度だけでいいから、ハサンからのキスがほしい」
「マリカ……」
「こうして一緒に出かけられるのも、今夜が最後なのよ。大好きなハサンとの思い出を作りたいわ」
どこか泣き出しそうな面持ちで告げられたせいで、急がなきゃというセリフが脳裏から消失する。
黙ったまま腰を曲げてマリカ様の顔に近づき、頬に片手を添えつつ、唇を強く押しつけながらキスをした。
(――離れたくない。マリカとこのまま、ずっと一緒にいたい)
そんな気持ちを吹っ切ろうと離れかけた刹那、マリカ様の片手が僕の胸を軽く押した。本当に軽く押されただけなのに、僕の足は三歩も後退りする。拒否られたショックが、そういう形になって表れたんだと、頭の中で理解できたのに、言葉がなにも出てこない。
「ハサン、ありがとう。名残惜しくなっちゃうから、もう行かないとダメよね……」
震える声で告げるなり、顔を背けて涙が滲んだ目元を拭いながら、僕よりも先に馬がとめてあるところに向かうマリカ様を、迷うことなく後ろから抱きしめた。
「ごめん、あと5秒だけ」
「それじゃあ私の分の5秒を足して、10秒にしてくれない?」
マリカ様は抱きしめた僕の腕に小さな両手を添えて、かわいいワガママを言ってくれる。
「ダメですね。こんなことしてたら、雨に濡れてしまいます。急ぎましょう」
肌に感じる嫌な湿気を振り払うように、マリカ様から腕を外した。ワガママを叶えてあげたいものの、彼女を雨に濡らして風邪を引かせてしまったら、元も子もない。
急いで馬に跨り、待ち合わせた場所に向けて駆け出したが、街に入る直前に雨に降られてしまった。それでもスコールのような大雨じゃなかったのがさいわいして、軽く濡れただけで済む。
お付きの方にマリカ様を引き渡し、ふたりきりで過ごした夜の逢瀬が、呆気なく終わってしまったのだった。
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