最初から最後まで

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☆☆彡.。  お屋敷に到着後、すぐにキッチンをお借りしてレモンジュースを作った。  店で使う質素なグラスよりも高級でお洒落なグラスに入れるだけで、どこかのレストランで出される飲みものにも見える、僕が絞ったレモンジュース。それを緊張しながら、トレイにのせた。  そしてお付の方に付き添われ、マリカ様の部屋に向かう。 (この屋敷はいったい、何部屋あるんだ? 案内されているのは直線だから屋敷の中で迷いはしないけど、間違って誰かの部屋をノックしたりしないのかな?)  ドキドキしながら廊下を進むと、奥の突き当たりの部屋の前でお付きの方が足を止め、扉をノックした。だがなんの反応もなく、静まり返ったままだった。 「もう一度ノックしてから、中に入ります」  お付の方はそう言って、同じようにノックし、慣れた様子で扉を開けて、中に足を踏み入れる。それに続いて僕も部屋に入った。  天蓋付きの大きなベッドが部屋の真ん中にあるので、必然的に視線はそこに注がれる。だが部屋の主は不在で、ベッドはもぬけの殻だった。 「ハサン様、少しお待ちいただけますか? マリカ様を探してきます」  丁寧に僕にお辞儀をしてから、小走りで部屋の奥にある扉にお付の方が向かった瞬間だった。なんの前触れもなくその扉が開き、マリカ様が現れたのだが。 「きゃっ!」  僕の顔を見て小さな悲鳴をあげて、すぐに扉が閉じられる。彼女の長い髪はしっとりと濡れていたし、バスローブ姿の時点で、シャワーを浴びたあとなのがすぐにわかった。 「ハサン様、もうしわけございません。すぐにマリカ様のお支度を整えますので、もう少しだけお待ちください」  慌てふためいたお付の方は背を向けると、すぐにマリカ様が閉じこもった扉の中に駆け込む。 「どうしてここに、ハサンが来てるの?」 「マリカ様のために、レモンジュースを作りに来てくださったんです」 「どうしましょう、すっぴんを見られてしまったわ。恥ずかしい!」  扉がしっかり閉じられているのに、大きな声でかわされるふたりの会話が筒抜けになっていることは、聞かなかったことにしてあげようと思った。  女性の支度は時間がかかるだろうと思っていたのに、テンポよく会話をかわしていたふたりが、ふたたび部屋に現れる。 「ハサン、待たせてしまってごめんなさい。しかもお風呂あがりの姿で失礼するわね」  着替えることなく、バスローブのままで僕の前に現れたマリカ様に、ニッコリと微笑んでみせた。 「マリカ様の病状が気になって、お付きの方に頼み込んで、ここに来た次第です。驚かせてしまい、すみませんでした」  お互い視線を合わせている間に、お付きの方が部屋から静かに出て行った。 「わざわざレモンジュースを作ってくれたのね。いただいてもいい?」 「はい、どうぞ!」  トレイからそっとグラスを手にし、マリカ様に渡した。グラスにはストローが刺さっていて、それを口にする姿をじっと見つめてしまう。  しっとり濡れた長い髪の下にある色違いの瞳を伏せて、美味しそうにジュースを飲むマリカ様は、本当に綺麗だった。 「不思議ね、お店で飲んだものよりも美味しいわ」 「ありがとうございます」  トレイを胸に抱きしめたまま、小さく頭を下げた。 「ねぇハサン」 「はい?」 「これをもっと美味しく飲む方法を知ってる?」  大事そうに両手でグラスを胸の前に持ち、僕を見上げるマリカ様の質問に、首を傾げてしまった。 「美味しく飲む方法ですか? う~ん、使ってるレモンの種類をもう一種類足して、それをミックスして爽やかさを増せばいいのかな……」  目をつぶり、悶々と考える僕の左手をマリカ様は掴んで、どこかに引っ張る。 「こっちに来て」  嬉しそうに笑ったマリカ様が僕を導いた場所は、天蓋付きのベッドだった。 「ハサン、私の隣に座って。トレイをちょうだい」  テキパキなされる指示に、黙って従う。 「ハサンにはもう逢わないほうがいいと思っていたの。好きになりすぎて、すごくつらくなるから」 「マリカ……」 「これを美味しく飲む方法はね、ハサンが私に口移しすればいいだけなのよ?」  そう言って、僕の手にグラスを握らせる。 「マリカに口移しなんてしたら、僕はそのあと自分をとめられないかもしれない。だってマリカのことが好きだから」 「選ばせてあげる。このままそれを持って、部屋を出て行くか。それとも私が言ったことを実行するのか」 「僕が選ぶ……」 「私はこうして、貴方に逢えただけでしあわせよ。もう二度と逢えないと思っていたもの」  色違いの瞳が涙に濡れて、グニャリと悲しげに歪む。それでも笑ったままでいるマリカ様を見て、僕は迷うことなくレモンジュースを口に含み、サイドテーブルにグラスを置いた。  そしてこぼれ落ちる綺麗な涙を拭いながら、唇をきっちり合わせて、口移しを実行したのだった。
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