最初から最後まで

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 店内にいるお客様の視線を一身に浴びているのに、彼女は慣れているのか、まったく気にせずに、お付の方と外の景色を見ながら談笑を続けてくださった。  居心地がよさそうで本当に良かったと安堵しながら、作ったジュースをカップに注ぎ入れ、楽しそうにしているマリカ様に、できたてのジュースを運んだ。 「お待たせしました、レモンジュースとピンクグレープフルーツジュースです」  質素な造りのテーブルにコースターを置き、その上に注文を受けたジュースを手際よく給仕する。 「ありがとう、ハサン」  柔らかいほほ笑みを唇に湛えるマリカ様に、同じように笑ってみせた。僕の笑い方はお貴族様のように上品なものではないから、ありきたりなほほ笑みになっていると思われる。 「あの、マリカ様っ!」  ほほ笑み合ったことで、少しだけ勇気をいただけたので、前日に褒めてもらったことのお返しをしようと話しかけた。 「ハサン、なんでしょう?」 「マリカ様のこっちの瞳」  言いながら、自分の左目に指を差した。するとマリカ様は、僕がなにを言うのだろうかと興味津々な感じで、食い入るように見つめる。 「砂漠で見た満月の色と一緒で、とても綺麗です」  ジュースを絞りながら必死に考えた。己の知っているものは乏しかったが、それでも彼女の持つ瞳の美しさを表現したくて、思いついたものがこれだった。  口にしてみたことにより、マリカ様の瞳とうまく合致すると改めて思った。 「砂漠で見た満月?」  目を瞬かせながら反芻された、僕のセリフ。ありきたりなことを言ってしまったせいで、マリカ様に不快な思いをさせてしまったのかもしれない。 「申し訳ありません! そこら辺にあるもので、高貴なマリカ様の瞳を表現してしまって!」  お盆を胸に抱きしめたまま、腰から深く頭を下げる。 「ハサン、頭をあげてちょうだい。謝る必要ないわ」 「でも……」  怖々と頭を上げかけたが、完全にあげきれなくて、体を小さくしたまま前を見据える。僕の目に、マリカ様の満面の笑みが映った。 「ルーシア、アナタは砂漠の満月を見たことがある?」  僕ではなく、お付の方になぜか伺う。 「見たことはございません。女、子どもだけで砂漠に出ると危ないと言われていますので」 「私も見たことはないわ。ハサンはよく見に行くのですか?」  優しい口調で問いかけられたのがきっかけで、しっかり頭を上げた。そして砂漠に行くときのことを教えようと、言葉を選びながら告げる。 「あ、仕事が早く終わったときに行きます。余った時間を潰すために馬に乗って、目印のあるところまで一直線に駆けて行って、そこでぼんやりしながら、星や月を眺めるんです」 「素敵な時間の潰し方だわ」  嬉しげに瞳を細めるマリカ様を見てるだけで、胸がドキドキした。もっと彼女を喜ばせたい。そんな気持ちが不思議と沸き起こってくる。 「なぁなぁ、そんなジュース売りの若造より、俺の話も聞いてくれないか?」  いきなり肩に手がかけられた瞬間、背後に向かって突き飛ばされた。そこまで力が入っていなかったから、ほかのお客様にぶつかることはなかったが、一歩間違えたら大惨事になるところだった。 「コイツはお嬢様の美しさを月にたとえたが、そんなもんよりもイエローダイヤモンドの美しさのほうが似合ってる」  饒舌に語る男の背中からマリカ様をこっそり見つめたら、先ほどまで浮かべていた笑みを消し去り、真顔で男を眺める姿が目に留まった。 「そうですか、ありがとうございます」  僕と話をしたときと違い、声に抑揚がなく、とても冷たいものを感じた。 「イエローダイヤモンドの石言葉のひとつに、神々しさってのがあるでしょう? まさにお嬢様にピッタリだと思うんだ」 (僕はイエローダイヤモンドはおろか、石言葉すら知らない。マリカ様を喜ばせる知識のなさを、こんなところで思い知らされるなんて――)
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