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☆☆彡.。
知人に借りた馬に乗り、待ち合わせの時間よりも少しだけ早めに到着したのに、マリカ様が先に来ていて驚いた。
薄闇でもわかる、仕立ての良さそうな漆黒のケープ。ところどころに宝飾品のあしらわれたフードを外した彼女が、嬉しそうに駆け寄ってくる。お付きの方が不安げな顔で、マリカ様のあとに続いた。
「ハサン、来てくれてありがとう!」
両手を組んでお礼を述べる彼女の前に降り立ち、お付きの方に話しかけた。
「湿度があがっているので、天気が崩れるかもしれません。一時間以内で、なるべく早めに帰れるようにします。だから安心してください」
天候を理由にして早々に帰ることを伝えたからか、お付きの方の表情が幾分和んだ。
「それじゃあマリカ様、馬に乗っていただきます。ここに片足をかけて、よじ登ってください。補助しますので、お身体に触れますよ」
背の高い馬に乗せるには、上から引っ張りあげるか、こうして下から体を支えて乗せることしか知らない。安全面を考えて、とりあえず後者にしてみたが、なにかあってはいけないので、すぐさま馬に跨る。
「ハサン、どこに掴まればいいかしら?」
振り返りながら訊ねるマリカ様の面持ちは、瞳がキラキラしていて、不安そうなものをまったく感じさせなかった。僕がはじめて馬に乗ったときは、その高さに恐れおののいたというのに、彼女は堂々として肝が据わってる。
貴族として常に人の目に晒される身は、隙を見せられないだろうし、いろんな面でプレッシャーなどに強いのかもしれない。
「座ってるところに小さな持ち手がありますので、それを両手で掴んでください。それだけだと心配なので、僕がマリカ様の体を後ろから抱きしめて支えます」
説明しながら、マリカ様の腰の辺りに左腕を巻きつけて支えた。互いの下半身がこれで密着するので、必然的に安定感が増す。
「それじゃあ行ってきます!」
お付の方に小さく頭をさげたあと、馬の腹を足で軽く蹴って砂漠に向かうべく走らせた。
「すごく速い! 夜風がとっても気持ちいい!」
揺れる馬上に臆することなく、実に楽しそうに馬を乗りこなすマリカ様から、甘い香りが風にまじって微かに漂う。花の香りだけじゃない、いつも仕事で使っているフルーツの香りも確実にあって、それがなんなのか知りたくなり、思わず左腕に力がこもった。
(甘さを感じさせる香りの中に柑橘系の香りが入り混ざって、くどさを感じさせない。オレンジ……マンダリンかな、ほかにもピーチっぽいものも隠れてるような)
「ハサン?」
マリカ様の呼びかけで、はじめて自分が鼻をくんくんさせていたことに気づき、頬がぶわっと熱くなった。
「すみませんっ! 嗅ぎ慣れない匂いがしてたものだから、つい!」
チラッとマリカ様に視線を向けると、不思議そうな表情で僕を見上げる姿があった。
「嗅ぎ慣れない匂いって、私のつけていた香水がキツかったかしら?」
「キツさはまったくなかったです。花の香りの中に、嗅いだことのある果物の香りがしていて、なんだろうなと思ってしまったんです」
「すごいわ! そんなことまでわかってしまうの?」
マリカ様は感嘆の声を出したと思ったら、くすくす笑って僕の胸に頭を預ける。
「ねぇハサン、どんな果物の香りがしてるの?」
近づいた分だけ香ってくる匂いに、心が胸騒ぎした。煽られているようで試されているその感じは、全然嫌なものじゃなく、むしろマリカ様のことをもっと知りたいと願ってしまう。
「えっと柑橘系の果物、オレンジかなって思ったんですけど、それよりもまだ甘みのあるマンダリンと、ピーチに近い果物の香りを感じました」
「私はハサンから、おひさまの香りを感じてるわ。夜なのにこうしているだけでポカポカして、すごく癒されてしまうの」
注がれる彼女のまなざしに、射竦められてしまった。手綱を引いて、思わず馬をとめてしまう。
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