2.名前

1/5

61人が本棚に入れています
本棚に追加
/140ページ

2.名前

 聞かなくても分かってたけどな、戸本の悩み。  バーのカウンターに突っ伏して酔いつぶれている戸本を眺めながら、隣で酒を飲む。  こいつは、飄々と楽し気に生きているが、既婚者に惚れるという、どうしようもない事態に陥っている。  なんでだよ?としか言いようがない。  顔もスタイルも要領も良くて、いくらでも女が寄ってくるタイプの戸本なら、リスクも障害もない相手がいくらでもいるだろうに。 「全然違う。あの人は、他の人とは全然違う。」  ブツブツ呟く戸本は、情けなさを全身で表現することに挑戦しているかのように、この上なく情けない。 「進展も後退もしてないのに、2,3ヶ月に一度、戸本がガクンと落ちるのはなんでなの?」  俺の質問に戸本が顔をあげ、そのまま上半身も起こして椅子の背にもたれかかる。 「痛感すんだよ。あの人の世界に俺はいない。虫ケラみたいな気分だ。」 「虫ケラだって夢と希望を持って努力して生きてるんだ。バカにすんな。」 「モテ男の田口に虫ケラの気持ちなんて分からんだろう。」 「女引き寄せる磁場と化しているお前が言うか?」 俺の言葉を無視して、戸本が背中を後ろにそらせた。
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

61人が本棚に入れています
本棚に追加