61人が本棚に入れています
本棚に追加
/140ページ
「椅子ごと後ろにコケるぞ?」
「そんで頭打って死んじゃいたい。」
天井を見上げ、苦しそうな顔で言う戸本の頭をはたく。
「やめろ。なんか俺の管理不行き届きみたいになるだろ。」
「俺が死んだら、あの人は泣いてくれるかな?」
「知らね。」
「泣いてくれるよね?」
「知らんがな。」
「泣いてくれるはずだ。」
「あっそ。」
グラスを揺らして氷の音を立てると、戸本がその音をかき消すように
「あーーー・・・・・。」
と唸り声をあげた。
「うるせー。」
「泣いてくれないよな。俺、あの人の何者でもないし、あの人に気持ちすら伝えてないし、名前覚えてもらってるかも怪しいし。」
そう、戸本は既婚者に惚れているが、惚れているだけで、不倫はしていない。
「名前は覚えてるだろ。同じフロアで働いてるし、時々しゃべってるし。」
なにより、うちの会社で戸本の名前を知らない女性社員はいないだろう、と思うけれど、癪に障るのでそれは省いた。
「あの人さ、人の名前全然覚えねーんだよ。同じ部署の若手の名前ごっちゃになってて、しょっちゅう呼び間違えて謝ってる。」
「へぇー。」
「他部署の若手の俺なんか、絶対覚えてもらえてない。」
「若手じゃねーぞ。自覚しろ、36歳。」
最初のコメントを投稿しよう!