2.名前

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「椅子ごと後ろにコケるぞ?」 「そんで頭打って死んじゃいたい。」  天井を見上げ、苦しそうな顔で言う戸本の頭をはたく。 「やめろ。なんか俺の管理不行き届きみたいになるだろ。」 「俺が死んだら、あの人は泣いてくれるかな?」 「知らね。」 「泣いてくれるよね?」 「知らんがな。」 「泣いてくれるはずだ。」 「あっそ。」  グラスを揺らして氷の音を立てると、戸本がその音をかき消すように 「あーーー・・・・・。」 と唸り声をあげた。 「うるせー。」 「泣いてくれないよな。俺、あの人の何者でもないし、あの人に気持ちすら伝えてないし、名前覚えてもらってるかも怪しいし。」  そう、戸本は既婚者に惚れているが、惚れているだけで、不倫はしていない。 「名前は覚えてるだろ。同じフロアで働いてるし、時々しゃべってるし。」 なにより、うちの会社で戸本の名前を知らない女性社員はいないだろう、と思うけれど、癪に障るのでそれは省いた。 「あの人さ、人の名前全然覚えねーんだよ。同じ部署の若手の名前ごっちゃになってて、しょっちゅう呼び間違えて謝ってる。」 「へぇー。」 「他部署の若手の俺なんか、絶対覚えてもらえてない。」 「若手じゃねーぞ。自覚しろ、36歳。」
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