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俺の言葉なんか耳に入らない様子で、戸本はまた
「あの人はさ、」
と語り始める。もはや独り語りだ。
俺、必要?
と問いたくなるけれど、席を立とうとすると服を掴んで椅子に引き戻されるので、一応、俺は必要とされているらしい。
「底抜けにいい人なんだよ。優しくて、笑顔が可愛くて。」
何度も聞かされた話を右から左に流して酒を飲む。戸本が
「ああいう人こそ幸せになんねーとな。」
と言うので
「お前が心配しなくても幸せなんじゃねーの?」
と突っ込むと、戸本が俺の顔を見た。
「だよな。」
「うん。」
「俺さ、本気で好きな人の幸せを願ってるのに、離婚しねーかなーとか、旦那が浮気しねーかなーとか、考えちゃうんだよ。」
「ふーん。」
「最低かな?」
「どうだろ。感情はコントロールできない場合もあるからな。」
「じゃ、旦那にハニートラップしかけてもいいかな?」
「お前がハニーになれるならな。」
「無理かな?」
「どんな自信だ?」
呆れていうと、戸本がニヒヒと笑った。くだらない話が長引かないよう、俺は現実を突きつける。
「旦那がハニートラップにひっかかったら、お前の想い人は泣くな。」
戸本が押し黙り、何事かを考える。
「・・・泣かせたくはないな。」
「静かに幸せ願ってろ。そして他を探せ。」
カウンターに置いたグラスを見ながら諭すと、戸本が俺の顔を覗き込む。
「他って?」
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