2.名前

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俺の言葉なんか耳に入らない様子で、戸本はまた 「あの人はさ、」 と語り始める。もはや独り語りだ。 俺、必要? と問いたくなるけれど、席を立とうとすると服を掴んで椅子に引き戻されるので、一応、俺は必要とされているらしい。 「底抜けにいい人なんだよ。優しくて、笑顔が可愛くて。」  何度も聞かされた話を右から左に流して酒を飲む。戸本が 「ああいう人こそ幸せになんねーとな。」 と言うので 「お前が心配しなくても幸せなんじゃねーの?」 と突っ込むと、戸本が俺の顔を見た。 「だよな。」 「うん。」 「俺さ、本気で好きな人の幸せを願ってるのに、離婚しねーかなーとか、旦那が浮気しねーかなーとか、考えちゃうんだよ。」 「ふーん。」 「最低かな?」 「どうだろ。感情はコントロールできない場合もあるからな。」 「じゃ、旦那にハニートラップしかけてもいいかな?」 「お前がハニーになれるならな。」 「無理かな?」 「どんな自信だ?」  呆れていうと、戸本がニヒヒと笑った。くだらない話が長引かないよう、俺は現実を突きつける。 「旦那がハニートラップにひっかかったら、お前の想い人は泣くな。」  戸本が押し黙り、何事かを考える。 「・・・泣かせたくはないな。」 「静かに幸せ願ってろ。そして他を探せ。」  カウンターに置いたグラスを見ながら諭すと、戸本が俺の顔を覗き込む。 「他って?」
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