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(あっ) 朝井翔一(あさいしょういち) は我に返り、慌てて腕を引っ込めたのだが間に合わなかった。突き飛ばした相手は、どこかに頭をぶつけたらしく、ごんという鈍い音とともに身体をのけぞらせてから、その場に崩れ落ちた。  その瞬間、ここに至るまでの経過が走馬灯のように翔一の頭の中を駆け巡った。視界に入るはずの流し台、瞬間湯沸かし器、ダイニングテーブル、椅子、玄関の扉、壁、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯ジャー、すべてがかすみ、倒れた母の姿だけが、スポットライトに照らされたように、くっきりと眼前に浮かび上がる。  顔から血の気が、さあっと引いていくのがわかった。首筋、背中に冷たいものが走る。目の前が真っ暗になり、立っていることすらおぼつかなくなった。その場に膝をつき、目を閉じた。  暗闇の中に星が瞬く。半鐘のように心臓が唸りだす。鼓動に合わせて体が震動する。頭がしびれる。込み上げてくる嘔気をこらえた。  なんということをしてしまったのだ。  何かの間違いだ、きっとそうだ、そうに違いないと思いながら翔一は身体を起こし、膝を立て、踏ん張って立ち上がる。よろめきながらも前を見る。
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