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 了解、の声で母は翔一の目の前であっという間に毛布にくるまれ、大人五人がかりで担架に乗せられた。若い隊員は銀の箱を持ち、おっさん隊員はオレンジ色の板を持ったまま付き従う。隊長は母の顔を覗き込むようにしながら移動している。  あっという間に母は玄関から運び出された。この間五分もかかっていない。  翔一は、荷物を確認しながら、置いて行かれないよう急いでドアに鍵をかけ、身体を反転させた。赤い光が目に飛び込んできた。  瞬く赤い光の出所に、自然と視線は引き寄せられる。  救急車の隣にはポンプ車が並んでいた。二台分の赤い光。これでは近所の人が「何事か」と思わないはずないなと得心した。  野次馬が数人、消防隊に運ばれる母を見ている。 「見せものじゃねえぞ」と叫びたかったが、今はそんな余裕などない。あ、保険証と気づき、財布の中を確認する。あった。何枚ものポイントカードに混じり、ちょっと見ただけではわからなかったが、あった。  はあと小さく嘆息し安堵した翔一は、救急車へと急いだ。  四月だというのに、顔にあたる風は、やけに冷たかった。
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