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 精悍な顔つきの救急隊員は何か言いたいらしく、ちらちらと翔一の顔を伺っている。 「もうあと二、三分です」  運転しているおっさん隊員の声が聞こえた。  翔一はバツが悪くなり、腕で目のあたりを拭うと、眼を瞬かせた。  目の前で横たわっている母から時折「う」とか「ああ」と苦しそうな声が聞こえるようになった。 「苦しいですか」と隊長が声を掛けるが、呻く声だけで答えはない。  翔一は、情けないやら悔しいやらで言葉が出てこなかった。  病院へ到着すると、待ち構えていた看護師たちによって車の後部ハッチが開かれた。母親は救急隊員二名と共にあっという間に病院の処置室の中へ消えていった。運転席にはおっさん隊員が残っているだけになった。  翔一は「ありがとうございました」とおっさんに礼を言い、ゆっくりと車から降りた。  どこから病院に入り、どこへ行ったらいいのかわからず、降りたあたりでうろうろしていると、「こっちからだ」と声がした。  いつの間に戻ったのか、救急隊長がそこにいた。  翔一は促され、一般の入り口から病院の中に入った。歩きながら「今看護師たちに引き継いだけど、まだまだ落ち着くまでには時間がかかる。先に診察とかの手続きをしたほうがいいと思って迎えに来た」と言われ、患者受付窓口への順路を案内された。  翔一は「はい」と素直に返事をし、従った。
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