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 手続きを終え、処置室前のベンチに座ってから三十分も経っただろうか、医師が母の容体をあれこれ説明してくれた。が、病名が「クモ膜下出血」で「あまりよくない」こと以外は、右から左に抜けていった。 「それにしても運が悪かったね、倒れてからの打ち所が悪かった。よほど勢いよく倒れたと見える。お気の毒としか言いようがない。詳しい検査はこれからだが、長くなるかもしれないよ」  翔一は、思わず医師を見つめた。  倒れてからの打ち所が悪かった、とは。  あ。  翔一は、救急隊員の言った「大丈夫だ」という意味がようやく理解できた。 (礼を言わねば)  医師との話が終わってから、翔一は急いで救急車の停車していた場所まで走った。  救急車はなかった。とっくに引揚げていた。当たり前だ、さっき見送ったではないか、いるはずないではないかと自分を納得させる。なぜひと言「ありがとうございました」と言えなかったのか。まったく、これでは後悔しか残らない。  自然、溜息が出る。  言われていなかった。  あの隊長は、母が息子に突き飛ばされたとは言わなかったのだ。  単に転倒して打ちどころが悪かったということになっていた。  俺は――。  呪縛から解放された安堵感は、救急隊への感謝へと変わった。  目頭が熱くなった。  翔一は、濡れた頬を拭い、救急隊が去って行った方向へ深々と頭を下げた。
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