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 浅井翔一は、あの時の救急隊の言葉を忘れずに生きた。  本来ならば、自分は罪を背負わなければならない身だ。母を突き飛ばし、怪我をさせたのだから。  でも、あの人は、救急隊は、見逃してくれた。「君しかいないのだ、がんばれ」と言ってくれた。温情溢れる言葉だった。自分はそれに応えなければならないと思った。一生懸命生きることにした。生きてきた。がんばった。  自分もああなりたい。困っている人々の力になりたい。苦しんでいる人々の役に立ちたい。どうすればなれるのか。そのことばかりを考えた。  人の命にかかわる仕事と言えば医者だが、医者は、自分が求めるものとは若干異なる。病院には、早朝から待合室で話し込んでいる高齢者たち、病気であることが自慢のような口ぶりで話す患者たちであふれている。  違うのだ。  自分は、命の危機さらされている人々を救うために働くことがしたいのだ。それが救急隊員であり、消防職員である。自衛隊でも警察官でもない。  自分は消防職員になるのだ、救急隊員になるのだと決心した。母が倒れた時に何もしてやれなかった分、誰かのために役に立ちたいという思いが翔一を決断させた。  消防官になるためには試験がある。何をどう勉強すればよいのか。そこから始まった。
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